2016年6月14日

概要

九州大学、株式会社システムインフロンティア、大阪大学、筑波大学は、JST先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、ナノ(10億分の1)メートルスケールで細胞や物質の観察が可能な透過電子顕微鏡(TEM)内で、物質を引張・圧縮変形しながら時系列で三次元画像撮影が行える「その場変形電子線トモグラフィーシステム」のプロトタイプを開発しました。2016年5月には、このシステムを使って、株式会社メルビル、バージニア工科大学と共同で、ナノメートル(nm)スケールの金属に力を加えて変形させた塑性変形(元に戻らない変形)の様子を時系列で三次元画像に納めることに成功し、同システムの有効性が実証されました。TEM内で今回のように不可逆な塑性変形を3Dで直接観察できた前例はありません。

今回開発したイメージング技術は、物質に力を加えて変形を生じさせる時の、nmレベルの構造変化をTEMで三次元観察できることから、先端材料やバイオなど、TEMによるナノ構造解析が活躍する分野での応用が期待されます。今後は、開発技術の洗練と応用事例の蓄積を行います。

今回の成果は、公益社団法人日本顕微鏡学会第72回学術講演会(2016年6月14日(火)~16日(木)仙台国際センター)において発表されます。

開発の背景

透過電子顕微鏡(TEM)はナノメートル(nm)レベルの微細組織観察が可能な装置ですが、得られる情報は二次元画像です。そこで、様々な角度から撮影した画像をコンピューターで演算処理することで三次元化するコンピューター断層撮影(CT)という技術を応用して、nmレベルの立体観察を可能としたのが電子線トモグラフィー(ET)です。同じ原理を応用した装置ではX線CTが知られています。X線CTが主にミリ(mm)からミクロン(μm)サイズの物体の三次元観察を行うのに対して、ETではnmサイズの微小な物体の三次元観察を行えるため、材料科学や生命医科学の分野を中心に近年注目されてきました。

ET観察では、TEM内で60度程度以上の高角度まで試料を傾斜させながら複数の二次元透過像を連続撮影し、そこから立体的な三次元画像を構築します。通常は50~150枚程度の連続傾斜像が必要であり、1つの三次元画像に必要な画像データの収録に30分から数時間を要するため、動きのある物体・現象の観察にはほとんど用いられてきませんでした。

JST先端計測分析技術・機器開発プログラムの開発課題「マテリアル開発系リアルタイム電子線トモグラフィーシステムの開発」(リーダー:九州大学大学院総合理工学研究院・超顕微解析研究センター 波多聰 教授、サブリーダー:株式会社システムインフロンティア 古河弘光 取締役、共同開発者:筑波大学システム情報系 工藤博幸 教授、大阪大学超高圧電子顕微鏡センター 佐藤和久 准教授)では、材料に外から力を加えて生じるnmレベルの構造変化を三次元観察する技術の開発を目指しています。連続傾斜像の撮影法から試料の変形・傾斜法、三次元動画像の再構成法、観察対象となる現象・材料に至る多方面から技術開発に取り組み、これらの要素技術を統合した「リアルタイムETシステム」のプロトタイプ開発を経て、金属の塑性変形過程の時系列三次元画像収録に成功しました。ETの手法開発でこれまで先導的な実績を挙げてきている(株)メルビルとバージニア工科大学 村山光宏 准教授は、当該プロトタイプ開発と実証実験に参画しました。

開発内容と成果

今回開発したリアルタイムETシステムにはいくつもの新技術が盛り込まれています。一つ目は、TEM内で試料をnmスケールで引張・圧縮変形しつつ60度以上まで傾斜できるその場変形トモグラフィー試料ホルダー(Straining-And-Tomography (SATO) holder)です(図1 [1] )。ひずみ速度10-4~10-6/secの範囲で、最小変位量1nmという超微小変形が可能です。二つ目は、SATO holderに装着した試料をTEM内で微小変形したまま傾斜し、3分間以内で三次元画像を再構成するのに必要な1フレーム分の連続傾斜像を収録し、かつその「試料変形」と「高速連続傾斜像収録」を同一のソフトウェアから自動的に繰り返し行うことを可能にした統合制御アプリケーションソフトウェアです(図2) 。これにより、nmスケールの試料変形過程の三次元画像を3分以内ごとに毎時20フレーム以上で初めて連続収録できるようになりました。三つ目は、三次元静止画像およびそれらを連結した三次元動画像の再構成ソフトウェア(TEMographyTM)です[2] 。圧縮センシングを用いた新アルゴリズム(ISER)の開発により、連続傾斜像の枚数が少ない場合やノイズを含む画像の場合でも、実際の物体の三次元形態を正しく再構成することが可能となりました[3]

リアルタイムETシステムを用いた観察対象としては、変形を加えることで物理現象や材料機能が観測される固体が考えられます。また、変形そのものが観察対象となる場合もあり、その代表例が金属材料です。金属は、固体の中でも強度と塑性変形能を兼ね備えた素材として大小様々な構造用部材に用いられていますが、強度や塑性変形能といった力学的機能は原子レベルからμmスケールの微視的構造およびそれらの動的挙動を起源とすることが多く、電子顕微鏡による微細構造観察が頻繁に行われます。今回の実験では、大きな塑性変形量が期待される実用金属材料として、スズ鉛系はんだ合金を観察対象に選びました。図3は、リアルタイムETシステムで撮影した同合金の連続傾斜像の例です。はんだは、電気回路における基板と素子の接合に不可欠な低融点金属材料であるとともに、熱サイクルに伴う繰り返し応力に耐えなければならないなど、高い力学的特性が要求される実用金属材料です。今回の実証実験では、市販のスズ鉛系ハンダ合金に機械圧延を施した後、液体窒素温度付近まで冷却しつつイオン研磨で薄膜化し、SATO holderの試料ステージに固定して、TEM内で10~1000nmの変位ステップで繰り返し引張力を加えました。その結果、薄膜化した試料が塑性変形(厳密には弾塑性変形)と局所破断を繰り返す過程で図3のような約1 μm幅の紐状の領域が形成されました。その部分を連続傾斜観察したのが図3左図です。試料に加える引張方向の変位を一旦停止し、試料の動きが止まった数秒~数十秒後に、毎秒1度の傾斜スピードで試料を傾斜しつつ2度おきにTEM像を収録しました。合計49枚の連続傾斜像の収録時間は2分未満でした。これらの連続傾斜像から再構成した三次元画像が図3右図です(三次元画像の再構成はTEM連続傾斜像の収録実験後にPCを用いて別途行う作業であり、現状では最短でも数十分~数時間を要します)。連続傾斜像(二次元投影)における明暗のコントラストから、試料表面の微細な凹凸が立体的に可視化されています。すなわち、スズ鉛系はんだ合金の破断面はnm~サブμmサイズの凹凸構造を有していることがわかります。この試料を更に段階的に引張変形し、変形を中断した状態で図3と同じ場所を連続傾斜観察し、再構築した三次元画像を重ねたものが図4です。約1μm幅の紐状のスズ鉛系はんだ合金が形態を変えていく様子が、ナノレベルで明確に捉えられています。この時系列三次元画像データから、試料の各点における変位を三次元測定すれば、塑性ひずみの分布とその変化が三次元テンソル量で求められます。さらに、試料を構成しているスズ相と鉛相の分布や結晶粒の形態・方位等をTEM観察から求めれば、観察視野における塑性変形と微細構造の関係を調べることができます。このように、実用金属材料の変形挙動とナノスケールの微細構造を直接結びつけることができる実験研究はまだ少なく、リアルタイムETシステムは関連分野の研究に新たな進展をもたらすものと思われます。

今後の展開(期待される内容)

今後の展開として、先端材料の機能と構造の関係解明に貢献できるものと考えられます。例えば、結晶構造を有する固体の塑性変形は、転位と呼ばれる線状の格子欠陥が結晶内部で発生・移動・消滅することによるものと考えられてきましたが、最近の物質・材料研究の進展とともに、転位以外の塑性変形メカニズムの存在にも注目が集まっています。塑性変形のメカニズムを理解し、それを制御することは、優れた力学的機能が求められる構造・機能材料の開発に結びつきます。固体の塑性変形の微視的挙動を直接観察する手段の一つとして、電子顕微鏡による「リアルタイム観察」がこれまで用いられてきました。今回開発したリアルタイムETシステムは、「リアルタイム観察」に「三次元TEM観察」を組み合わせ、TEMの二次元(投影)観察からくる構造決定の不確かさを克服し、先端材料の未知な微視的構造とそのダイナミクスを明確に可視化します。観察対象は、ここに紹介した金属材料に留まらず、応力に応答した機能を発揮する物質や細胞などにも及ぶことが期待されます。

リアルタイムETシステムは平成29年3月までに開発を完了し、(株)SIFから製品販売を行う予定です(SATOホルダーは(株)メルビルからも販売予定)。

参考文献

[1] K. Sato, H. Miyazaki, T. Gondo, S. Miyazaki, M. Murayama and S. Hata, “Development of a novel straining holder for transmission electron microscopy compatible with single tilt-axis electron tomography”, Microscopy, 64(5), 369-375 (2015)

[2] 波多聰、光原昌寿、中島英治、池田賢一、佐藤和久、村山光宏、工藤博幸、宮崎裕也、古河弘光、“電子線トモグラフィーによる格子欠陥の三次元観察”、日本結晶学会誌、57, 276-284 (2015)

[3] 工藤博幸、董建、加茂勝己、堀井則孝、古河弘光、波多聰、村山光宏、佐藤和久、宮崎伸介、“圧縮センシングを用いたトモグラフィー画像再構成”、顕微鏡、 51(1) (2016)

参考図

図1 (a)その場変形トモグラフィー試料ホルダー(SATO holder)の外観。(b)試料ステージ部の拡大図。
試料ステージ部の幅は約5 mm。

図2 統合制御アプリケーションソフトウェアのグラフィックユーザーインターフェースの例。

図3 (左図)スズ鉛系はんだ合金の連続傾斜観察の例
直接観察倍率9800倍で視野サイズは3.4 μm四方。試料傾斜角度の範囲は80度で、毎秒1度の傾斜スピードで試料を傾斜しつつ、2度おきに合計49枚のTEM像を2分未満で収録。
(右図)連続傾斜像から再構成した三次元画像。
画像収録前に行った変形と破断により紐状形態を有した同はんだ合金試料の表面に、ナノスケールの凹凸構造が形成されていることが、三次元画像から明瞭に認識できる。

図4 図3の状態から更に同試料を変形させて撮影した連続傾斜像から再構成した三次元画像のうち、図1の四角で囲んだ領域を重ねたもの。
各色は試料ステージの変位量(グレー:0nm、黄色:1μm、緑:2μm、青:3μm、赤:6μm)を表している。試料の左右方向の幅は約1μmなので、観察領域の各色の位置ずれは500nm以下の塑性変形によるもの。試料が細くくびれた中央付近より上側が大きく変形しており、その変形の大きさと方向は場所により異なっていることがわかる。

参考動画

リアルタイムETシステム概要紹介動画
https://www.youtube.com/watch?v=Ic7zREgSIMU

参考URL

大阪大学超高圧電子顕微鏡センター
http://www.uhvem.osaka-u.ac.jp/jp/

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