ロボット顕微鏡「オーサカベン」でドーパミン細胞の活動を明らかに!
プロジェクションマッピングにより動きまわる線虫の神経活動を操作
本研究成果のポイント
・自由に動き回る小型動物を自動追跡し、光で神経活動を測定・刺激するロボット顕微鏡 「オーサカベン」を開発
・「オーサカベン」を線虫に用いることで、形がよく似た複数のドーパミン細胞が異なる役割を果たすことを初めて発見
・高等動物のドーパミンのはたらきの理解や小型動物を用いたシンプルな脳機能の解明の発展に期待
リリース概要
大阪大学大学院理学研究科の木村幸太郎准教授と東北大学大学院情報科学研究科の橋本浩一教授らの共同研究チームは、動く観察対象を高速に自動追跡して特定の神経細胞をプロジェクションマッピング によって刺激するロボット顕微鏡「オーサカベン」 (図1) を世界で初めて開発し、行動中の線虫C. エレガンス の複数のドーパミン細胞の性質がそれぞれ異なることを明らかにしました。ドーパミンは感情・意欲・運動・学習などに関わる重要な脳内化学物質であり、ドーパミン細胞の性質が異なることは高等動物でも知られつつありますが、その詳細は明らかになっていません。
本研究の成果は、高等動物におけるドーパミンのはたらきを理解することにもつながると期待されます。また、「オーサカベン」は線虫以外の小型動物(ゼブラフィッシュなど)にも用いることができることから、さまざまな小型動物を用いた「脳活動と行動の関係」の解明に寄与することにも期待されます。
本研究の成果は、日本時間5月19日(木)、英科学誌Natureの姉妹誌「Scientific Reports」において公開されました。
図1 ロボット顕微鏡「オーサカベン」の模式図
線虫頭部は、顕微鏡下からの赤外光で画像化される。この画像は1秒間に200回撮影され、毎回高速の画像認識が行われて、C. エレガンス頭部の同じ場所をレンズ中央に維持するように電動ステージの位置を制御しつづける。同時に、ドーパミン細胞では、位置確認のための赤色蛍光タンパク質と、光によって細胞を活動化させるタンパク質が遺伝子から読み出されている。この赤色蛍光タンパク質の位置を別のプログラムが認識し、液晶プロジェクタからその位置に対して細胞活動化のための青色光を照射する。
研究の背景
哺乳類の脳には100億〜1000億もの神経細胞が存在し、これらの神経細胞はその形態や機能により、さまざまな種類に分類されます。この形態や機能の多様性の多くは、様々な遺伝子や神経細胞同士の相互作用などによって決められていると考えられていますが、詳しくは明らかになっていません。
線虫C. エレガンスは、わずか302個の神経細胞しか持ちませんが、神経細胞ではたらく遺伝子の多くはヒトと類似しており、また刺激に対する応答行動や記憶・学習を行うことから、脳の基本的な仕組みを明らかにするためのモデル実験動物として世界中で研究が行われています。
研究チームは、今回C. エレガンスのドーパミン細胞 (図2上) に注目しました。ドーパミン細胞は、C. エレガンスの餌である大腸菌の層 (図2左下) の中に移動した時に受ける物理的な圧力によって活動し、餌の存在に適した神経活動を引き起こすと考えられていました。しかし、そのようなわずかな「圧力」を本当に感ずることができるのか、また、C. エレガンスに4ヶ所存在するドーパミン細胞が全て同じ役割を果たしているか否かは不明でした。
図2 線虫C. エレガンスのドーパミン細胞の活動の様子。
(図上)全長1mm程度のC. エレガンスにおける4ヶ所のドーパミン細胞を左側から見た様子。それぞれの細胞は実際には左右1対ずつ存在するが、C. エレガンスは右か左を下にして移動するため、顕微鏡から見た時もこの図のように見える。
(図下)餌の層の中に移動した時の頭部ドーパミン細胞の活動の様子。赤いほど活動度が高く、頭部背側のCEPD細胞が最も活動していることが分かる。
研究の成果
今回、本研究チームは、水平面上を自由に移動する生物を1/200秒単位で自動追跡しながら、複数の神経活動を蛍光によって測定し、また複数の神経活動をプロジェクションマッピングによって1つ1つ「狙い撃ち」で刺激する ロボット顕微鏡を世界で初めて開発しました。この顕微鏡は、「オーサカベン(Optogenetic Stimulation Associated with Calcium imaging for Behaving Nematode: OSACaBeN)」と名付けられました (図1) 。このロボット顕微鏡による自動追跡には、高速な高精度制御を実現するホークビジョン社のビジュアルサーボステージが使用され、またプロジェクションマッピングにはアスカカンパニー社が開発した多点独立光刺激装置MiLSSが使用されました。
C. エレガンスのドーパミン細胞は頭部3ヶ所と尾部1ヶ所に存在しますが、研究チームはドーパミン細胞の神経活動をこのロボット顕微鏡で計測することで、頭部背側の1ヶ所(CEPD)のドーパミン細胞だけが餌に対して強く持続的に応答することを見出しました (図2右下) 。さらに、この細胞だけをプロジェクションマッピングを用いた狙い撃ちによって人工的に刺激すると、餌の層に移動した時と同じ行動変化を引き起こすことができました。
C. エレガンスのドーパミン細胞は、高等動物と類似した遺伝子プログラムによってドーパミンを合成するための性質を獲得することが知られています。特に、頭部背側と頭部腹側のドーパミン細胞は構造的にも非常によく似ていることから、今回研究チームが発見した応答性および行動変化への影響の違いは、全く予想されていませんでした。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
1)ドーパミン細胞の仕組みの解明に寄与
ヒトを含む高等動物で、ドーパミンは脳中心部の比較的少数の神経細胞から放出され、感情・意欲・運動・学習などに重要な役割を果たすことが知られています。近年、ドーパミン細胞は、神経活動の特徴から幾つかの小グループに分けられることが明らかになりつつありますが、その仕組みはほとんど明らかになっていませんでした。シンプルで解析が容易なC. エレガンスを用いることで、ドーパミン細胞(さらに、均一と見なされている他の神経細胞集団)が幾つかの機能的グループに分かれる仕組みを明らかにすることが期待できます。
2)さまざまな小型動物を用いた「脳活動と行動の関係」の解明に寄与
極めて複雑な脳のはたらきを理解するために、C. エレガンスの他にもショウジョウバエ・ゼブラフィッシュといった比較的単純な小型動物を対象とした研究が世界中で行われています。今回、制御工学と神経科学という異なる研究分野、さらに優れた技術を持つ企業との共同研究として開発されたロボット顕微鏡「オーサカベン」は、C. エレガンス以外の小型動物にも用いることができます。このロボット顕微鏡「オーサカベン」を用いて、さまざまな角度から、「脳活動と行動の関係」を明らかにすることが期待できます。
特記事項
この研究は、文部科学省の博士課程教育リーディングプログラム「生体統御ネットワーク医学教育プログラム」、科学技術振興調整費「生命科学研究独立アプレンティスプログラム」、科学研究費補助金(基盤研究(A))、科学技術振興機構さきがけプログラム、三菱財団の支援の元に行われました。
また、本研究は以下の研究チームによって行われました。
大阪大学大学院理学研究科 博士後期課程3年 谷本悠生
大阪大学理学部 学部4年(研究当時;現・東京大学大学院修士2年)Zheng Ying Grace
大阪大学大学院理学研究科 技術補佐員 藤江由香子
大阪大学大学院理学研究科 准教授 木村幸太郎
東北文化学園大学情報科学研究科 准教授 費仙鳳
東北大学大学院情報科学研究科 教授 橋本浩一
株式会社ホークビジョン(神奈川県藤沢市:代表取締役社長 森友一朗)
アスカカンパニー株式会社(兵庫県加東市:代表取締役社長 長沼恒雄)
掲載論文
本研究成果は、自然科学系電子ジャーナル「Scientific Reports」で、日本時間5月19日(木)に公開されました。
【論文タイトル】In actio optophysiological analyses reveal functional diversification of dopaminergic neurons in the nematode C. elegans.
(行動中の光生理学的解析によって明らかになった線虫C. エレガンスのドーパミン細胞の機能的多様性)
【掲載紙】Scientific Reports
【著者】Yuki Tanimoto * , Ying Grace Zheng * , Xianfeng Fei, Yukako Fujie, Koichi Hashimoto, Koutarou D. Kimura † (*共筆頭著者、†責任著者)
参考URL
大阪大学大学院理学研究科 生物科学専攻 神経回路機能学研究室HP
http://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/~kokimura/j/Top.html
用語説明
- ロボット顕微鏡
顕微鏡下で運動するターゲットを追跡し、顕微鏡の視野内に留め続けることのできる顕微鏡です。ターゲットは主に動く生物や神経細胞です。顕微鏡に取り付けた高速カメラで取得した画像からターゲット画像を認識し、動く対象が視野内に留まるように顕微鏡の電動ステージを高速かつ高精度に制御することから、「ロボット」顕微鏡と呼びます。
- プロジェクションマッピング
ロボット顕微鏡により得られるターゲット画像を認識し、ターゲット内のいくつかの細胞に指定波長の光が照射されるように、顕微鏡に取りつけられた照明装置(今回は液晶プロジェクタ)でパターンを生成し、照射する方法です。照明装置と照射領域の対応関係をあらかじめ調整しておくことで、1/100mm以下の制御分解能で、動く生物の隣接する神経細胞を区別して照射することができます。
- 線虫C. エレガンス
神経、筋肉、腸、生殖器などを持つ体長1mm程度の糸状の小動物。プログラム細胞死やGFP(緑色蛍光タンパク質)に関する研究などで、C. エレガンス研究者が三度ノーベル賞を受賞しています。さらに、神経細胞が構成する神経回路が全て明らかになっている唯一の動物であり、脳研究のための最も単純な動物としても注目されています。
- 光による神経活動測定と神経活動刺激
神経細胞の活動とは、電気的な活動であることがよく知られています。しかし、下村脩先生が発見された緑色蛍光タンパク質(GFP)を応用した技術により、神経細胞活動を蛍光によって顕微鏡で計測することができるようになってきました。さらに、微生物の光応答タンパク質を応用することにより、光を照射することによって神経細胞の活動を上昇させたり抑圧することも可能になっています。