2016年5月10日

本研究成果のポイント

・抗原を記憶する免疫細胞:メモリーB細胞※1 がどのように分化誘導されていくのかは不明だった
・リンパ節における胚中心※2 B細胞からメモリーB細胞への分化誘導は初期の胚中心で起こりやすく、転写因子※3 Bach2※4 が重要であることを解明
・これまで考えられていたメモリーB細胞の概念をくつがえす結果であり、今後の効果的なワクチン開発に期待

概要

大阪大学免疫学フロンティア研究センターの新中須亮助教、黒崎知博教授らの研究グループと理化学研究所統合生命医科学研究センターの岡田峰陽チームリーダーの研究グループは共同で、これまで明らかとされていなかった胚中心B細胞から抗原を記憶する免疫細胞のメモリーB細胞への分化誘導の仕組みを分子レベルで解明しました。

本研究成果の内容、社会に与える影響

私たちの体は、1度出会った細菌やウイルスなどの抗原に再び出会うと、1度目よりも大量の抗体を作り出して抗原を除去します。これは1度目の免疫反応で抗原を記憶した「メモリーB細胞」が誘導され、2度目の細菌・ウイルス侵入時により素早く反応し、抗体産生細胞に分化するためです。この反応をうまく利用してウイルスなどをブロックするのがワクチン療法です。

ウイルス、ワクチンなどの抗原が人の体内に入ると2次リンパ組織※5 の中で胚中心が形成されます。メモリーB細胞が胚中心に存在する胚中心B細胞から誘導されてくることが、知られています。しかし、その誘導の仕組みについては全くわかっておらず、解明は重要な研究課題でした。

本研究では、胚中心B細胞のなかで、抗原への親和性成熟※6 のあまり進んでいない細胞が、メモリーB細胞に分化誘導されやすいことを明らかにしました。また、親和性が低い胚中心細胞群で転写因子Bach2遺伝子の発現レベルが優位に高いことを見出し、さらに、メモリーB細胞の分化にはBach2遺伝子が高発現していることが重要であることを明らかにしました。

今回得られた結果は、これまで一般的に考えられていた「メモリーB細胞は親和性の高い細胞から誘導される」という概念をくつがえす結果であり、今後のメモリーB細胞をターゲットにしたワクチン戦略に大きな影響を与える可能性があります。また、本研究から得られたメモリーB細胞誘導に重要な遺伝子であるBach2は、今後のワクチン戦略の重要なターゲットになる可能性があります。

研究の詳細な説明

1.背景

細菌、ウイルス、ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます。メモリーB細胞は胚中心に存在する胚中心B細胞から誘導されてくること知られています。しかし、その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず、その仕組みの解明は重要な課題として残っていました。そこで私達は新しく作製したマウスや構築した実験システムを用いてこの疑問の解決に取り組みました。

2.研究の手法と成果

どのような胚中心B細胞がメモリー細胞として誘導されてくるのかを検証するためには胚中心B細胞と胚中心から誘導されてすぐのメモリーB細胞とを比較する必要があります。そこでまず始めに胚中心から誘導されすぐのメモリーB細胞を検出できるマウスの作製を行いました(図1) 。そして、そのマウスを反応するB細胞抗原レセプター※7 が既にわかっているモデル抗原を使って免疫し、誘導された胚中心B細胞と胚中心B細胞から誘導されてすぐのメモリーB細胞について、そのB細胞抗原レセプターの体細胞高頻度突然変異※8 について評価を行いました。その結果、メモリーB細胞は免疫抗原への親和性成熟の進んでいない胚中心B細胞から誘導されやすいことが分かりました(図2) 。また、同じマウスを用い、メモリーB細胞が胚中心B細胞から誘導される時期を経時的に評価したところ、胚中心が誘導されてすぐの早い時期で誘導されやすいことが分かりました(図3) 。胚中心B細胞の免疫抗原への親和性が経時的に上がることは既に知られています。以上より、メモリーB細胞は胚中心形成後すぐ、つまり親和性成熟が十分に起こる前の胚中心B細胞から誘導されやすいということが分かりました。

次に、胚中心B細胞からメモリーB細胞への分化に重要な因子を見つけるために、免疫抗原への親和性の高い胚中心細胞と低い胚中心細胞の主立った遺伝子の発現量を比較しました。その結果、免疫抗原への親和性の低い細胞では、高い細胞に比べ、転写因子Bach2 遺伝子の発現量が2倍以上高いことが分かりました。さらに、Bach2遺伝子のメモリーB細胞誘導における役割を調べるために、Bach2遺伝子の発現量が低いマウスを用いて解析したところ、Bach2遺伝子が十分に発現できるマウスに比べ、メモリーB細胞の誘導能が約4分の1に低下していることが分かりました(図4) 。これらの結果から、胚中心B細胞のうちBach2遺伝子の発現量が高く維持されている細胞群がメモリーB細胞へ分化しやすいことが分かりました(図5)

今回の結果は、メモリーB細胞が、特定の免疫抗原に対してのみ強く反応できる細胞というよりも、免疫抗原に近い構造を持つ抗原にもある程度反応できる広い反応領域を残している細胞であるという可能性を示唆しています。つまり、メモリー細胞には、多少変異を起こした細菌・ウイルスが2度目に侵入してきても、ある程度対応できる能力があると予想されます。

3.今後の期待

今回、メモリーB細胞の分化誘導は、免疫抗原への親和性が比較的低い胚中心B細胞から起こりやすいことを明らかにしましが、今回得られた結果は、これまで多くの人に考えられていた「メモリーB細胞は胚中心B細胞の中で高い親和性を獲得できた細胞から誘導される」という概念をくつがえす結果で非常に驚くべきものであり、今後のメモリーB細胞をターゲットにしたワクチン戦略に大きな影響を与える可能性があります。

また、本研究から、胚中心B細胞中のBach2遺伝子の高発現維持が効率的なメモリーB細胞誘導に重要であることも明らかとなり、今後、Bach2遺伝子を標的としたワクチンを開発することで、効率的にメモリーB細胞を人為的に誘導できることが期待できます。

特記事項

本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Immunology』(5月9日(月)付け:日本時間5月10日(火)午前0時)にオンライン掲載されました。
【論文タイトル】Regulated selection of germinal center cells into the memory B cell compartment.
【著者】Ryo Shinnakasu, Takeshi Inoue, Kohei Kometani, Saya Moriyama, Yu Adachi, ManaBu Nakayama, Yoshimasa Takahashi, Hidehiro Fukuyama, Takaharu Okada, Tomohiro Kurosaki

本研究は、大阪大学、理化学研究所、国立感染症研究所、かずさDNA研究所との共同で行ったものです。

大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)は、日本が科学技術の力で世界をリードするため「目に見える世界的研究拠点」の形成を目指す文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI) に採択されています。

参考図

図1 胚中心B細胞から誘導されたメモリーB細胞の検出
本研究で作製したマウスは、普段光っていない胚中心B細胞をタモキシフェン(乳がんの代表的抗がん剤)で処理することでいつでも赤色に光らせることができます。この赤色は一旦光り始めると、その後永久に光り続けるので、メモリー細胞に分化した後も光り続けます。この原理を利用すると、タモキシフェンを投与した後に胚中心B細胞から誘導されてくるメモリーB細胞を検出することができます。

図2 メモリーB細胞は胚中心B細胞の中の免疫抗原への親和性が低い細胞から誘導されやすい
図1の原理を利用して、免疫後20日目の胚中心B細胞と胚中心B細胞から誘導されてきたメモリーB細胞の免疫抗原への親和性レベルについて比較しました。今回は、免疫抗原とそれに反応するB細胞抗原レセプターの親和性成熟の関係がすでにわかっている実験モデルを使用しました。その結果、誘導されてきたメモリーB細胞は胚中心B細胞の中でも親和性の低い細胞から誘導されやすいことが分かりました。円グラフの真ん中の数字は検討したサンプルの数を示していて、%はその中に存在するそれぞれの細胞の割合を表しています。

図3 メモリーB細胞は免疫後比較的早い時期に誘導されやすい
図1のシステムを使い、免疫後どのタイミングで胚中心B細胞からメモリーB細胞が誘導されやすいか検討を行いました。実験はタモキシフェン投与をそれぞれの評価日の3日前に行う形で行い、評価は3日間に誘導されたメモリーB細胞数の胚中心B細胞数に対する割合を比較する形で行いました。その結果、メモリーB細胞の胚中心B細胞からの誘導は免疫後比較的早い時期(免疫後9-11日)に起こることが分かりました。

図4 Bach2遺伝子の発現が低いマウス由来の細胞はメモリーB細胞に分化する能力が低い
Bach2遺伝子を十分に発現できる野生型マウス由来の細胞と半分のレベルしか発現できないマウス由来の細胞について、胚中心B細胞からのメモリーB細胞の誘導能について比較検討を行いました。実験は、それぞれのマウス由来の未免疫細胞を1:1の割合で混ぜたものを他のマウスに移入し、そのマウスを免疫する方法で行いました。移入した細胞には区別するためのマーカーが入れてあります。その結果、それぞれのマウスの胚中心B細胞数の割合はほとんど変わらなかったのに対し、誘導されたメモリーB細胞数はヘテロマウス由来の細胞で約4分の1でした。

図5 本研究により明らかとなった胚中心B細胞からのメモリーB細胞誘導メカニズム
胚中心の中には抗原への親和性が異なる胚中心B細胞が存在します。この中で免疫抗原への親和性があまり高くない細胞ではBach2遺伝子の発現レベルが高く維持されています。メモリーB細胞はこのBach2遺伝子の発現レベルが高く維持されている細胞群から誘導されてきます。一方、免疫抗原への親和性の高い胚中心細胞は、積極的に抗体産生細胞に誘導されます。また、これまでの報告と今回の私たちの結果を合わせて考えると、メモリーB細胞とは逆に、Bach2遺伝子の発現が低く抑えられていることが抗体産生細胞誘導に重要であると予想されます。

用語解説

※1 メモリーB細胞
B細胞は、免疫細胞の一種で、細胞表面にあるB細胞抗原レセプター(受容体)と呼ばれるタンパク質で病原体などの抗原を認識し抗体を産生する。B細胞は、抗原の刺激により胚中心B細胞、抗体産生細胞およびメモリーB細胞に分化する。メモリーB細胞は、記憶していた抗原の再刺激を受けると極めて短い期間で抗体産生細胞へと分化して、多量の抗体を作る。

※2 胚中心
免疫応答の際にリンパ組織に誘導されてくる微小構造。この場所において、胚中心B細胞の免疫抗原への親和性成熟が誘導される。

※3 転写因子
遺伝子の働きをオンにしたりオフにしたりする機能を持つタンパク質。DNA上に存在する転写を制御する領域に結合し、遺伝子発現のタイミングや量を調節する。

※4 Bach2
Blimp1という遺伝子を抑制する転写因子。メモリーB細胞でBach2の発現が低下するとBlimp1が発現しやすく、抗原に出会った際に抗体産生細胞への迅速な分化がひき起こされる。(Immunity 2013)。

※5 2次リンパ組織
リンパ球や様々な白血球が集まってできた組織。胸腺や骨髄など免疫細胞を誘導する1次リンパ組織とは違い、成熟したリンパ球が侵入してきた抗原に対して免疫反応を行う組織である。

※6 親和性成熟
免疫抗原に対するB細胞抗原レセプターの抗原結合能が、時間とともに上昇していく現象。胚中心に存在する胚中心B細胞に起こる。

※7 B細胞抗原レセプター
B細胞が細胞表面に発現するタンパク質で、抗原に結合するとB細胞の活性化を引き起こす。1つのB細胞は一種類の抗原しか認識できないため、生体は細菌やウイルスなどのさまざまな種類の抗原に対応するために多数のB細胞を用意している。

※8 体細胞高頻度突然変異
染色体DNAに変異が入る体細胞突然変異の一つで、B細胞抗原レセプターの可変領域に点突然変異が高頻度で入る現象。胚中心B細胞で起こる。胚中心内での抗原による選択機構と連動することで、抗体の親和性成熟が起こる。

参考URL

大阪大学免疫学フロンティア研究センター 黒田研究室
http://lymph.ifrec.osaka-u.ac.jp/index_j.html

論文掲載先(Nature Immunology)
http://www.nature.com/ni/journal/vaop/ncurrent/full/ni.3460.html

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