2016年4月29日

本研究成果のポイント

・生体内に長期間埋め込みができる、柔軟かつ高導電性の生体適合性ゲル電極を実現
・心臓に貼り付けて微弱な心電信号を増幅する体内埋め込み型の有機増幅回路を実現
・使い捨てセンサーとして手術の現場を支援する次世代医療デバイスとして期待

リリース概要

東京大学の染谷隆夫教授と大阪大学の関谷毅教授らの研究グループは、生体適合性ゲル電極を持つ柔軟な有機増幅回路シートの開発に成功しました。生体の炎症反応が極めて小さな導電性のゲル素材を開発し、これをセンサーの電極として応用し、極薄の高分子フィルムに製造された有機トランジスターの増幅回路と集積化することによって、センサーを長期間体内に埋め込むことが可能となりました。その結果、微弱な心電信号でも安定して計測できるようになり、心臓の疾患部位を特定することに成功しました。この新しいデバイスは、使い捨てセンサーとして、手術の現場を支援するセンサーとしての応用など次世代医療デバイスとしてさまざまな応用が期待されます。

本研究はJST戦略的創造研究推進事業の一環として行われました。

本研究成果は、2016年4月29日付けの英国Nature Communications誌に掲載されました。

研究内容

<研究の背景と経緯>
センサーの急速な発展によって、日常の生活空間におけるさまざまな情報の計測と活用が進んでいます。最近では、ウェアラブルセンサーに代表されるように、人間を対象とした計測が急速に拡大し、新しいヘルスケア、医療、介護が提案され始めています。また、さらなる医療分野への展開として、生体内埋め込み型センサーが注目されています。体の中に埋め込むことによって、失った生体機能を助けるほか、体の外からでは気づくことが難しかった疾病を早期に発見できる可能性があるからです。

生体内埋め込み型の電子デバイスは、心臓のペースメーカーや人工内耳などが実用化され、広く利用されています。これらの体内埋め込み型センサーを含む従来の電子デバイスは、シリコンのような硬い素材で作られてきましたが、より生体との親和性を高めるため、柔軟性に優れた有機材料を次世代の医療デバイスに応用する研究開発が進められています。しかし、生体内では、異物を排除するための免疫系による拒絶反応や炎症反応などの防御機能があります。そのため、デバイスを生体内に長期間埋め込み、安定して生体信号を計測することは困難でした。生体活動電位を体内で長期間計測するために、生体と親和性の高い電極材料の開発が待ち望まれています。

<研究の内容>
本研究グループは、生体適合性、柔軟性、導電性に優れた新しいゲル素材の開発に成功しました。このゲルをセンサーの電極に応用し、厚み1マイクロメートルという極薄の有機薄膜トランジスター※1 と集積化することで、増幅回路つきのシート型生体電位センサーを製造しました(図1)

新ゲル素材は、ポリロタキサンと呼ばれるヒドロゲル※2 に単層カーボンナノチューブを均一に混ぜて作製されます。通常、カーボンナノチューブは表面積が大きいために、束状になりやすく、均一にゲル中に分散させることが困難でした。そこで、イオン液体でカーボンナノチューブを解きほぐす技術によって、ゲル中にナノチューブを均一に分散させ、ゲルの導電化に成功しました。このゲルは、柔らかく(ヤング率※3:10kPaクラス)、伸び縮みし、かつ柔らかい素材としては最大クラスの電流の流れやすさ(アドミタンス※4:100mS/cm2)を示します。特に、10ヘルツから106ヘルツの広い周波数範囲に渡ってほぼ同じ大きさのアドミタンスを示します。

次に、この新ゲル素材の生体適合性を評価しました。この評価は、Good Laboratory Practice (GLP)優良試験所基準※5 にて認定されている第三者機関にて、ISO10993-5(細胞毒性試験)ならびにISO10993-6(生体への長期埋め込み試験)の手続きにそって実施されました。4週間の生体内埋め込み試験を行ったところ、従来の生体内埋め込み型電子デバイスに使われている金属電極と比べて、炎症反応が極めて小さい材料であることが確認されました。

さらに、このゲル電極と極薄の高分子フィルムに製造された有機トランジスターの増幅回路を集積化しました。この増幅回路は、厚み1マイクロメートルのポリエチレンテレフタレート(PET)の上に製造され、8×8の格子状に6ミリメートル間隔で並べられています。ひとつの増幅回路は、信号を増幅率200倍に増幅することができます。周波数帯域100ヘルツでの増幅率は100倍、1,000ヘルツでの増幅率は10倍を超えています。ゲルと極薄増幅回路の2つの技術を組み合わせることによって、生体適合性に優れたシート型生体電位センサーを実現することができました。

その結果、シート型生体電位センサーを動物の体内に埋め込むことによって、微弱な生体活動電位を安定して計測できるようになりました。具体的には、このシート型生体電位センサーを心臓疾患のあるラットの心臓に貼ることによって、虚血症による異常な心電と正常な心電を測定し、心筋梗塞の部位を正確に特定しました(図2)。特に、増幅回路によって、信号対雑音比が大幅に向上しました。

<今後の展開>
今回の研究成果によって、生体内で生体活動電位を長期間に渡って計測できるシート型生体電位計測センサーが実現しました。臓器に直接貼り付けても炎症反応が極めて小さいので、疾患で弱った臓器も最小限の負荷で検査できると期待されます。例えば、手術中に、このシート型生体電位センサーを心臓に貼って高精度に心筋梗塞部位を特定して、医師が手術の方針をその場で決定することを支援できるようにもなります。将来は、このシート型生体電位センサーを長期的に体内に埋め込むことにで、より早期に疾病を発見し、治療に生かしていくなど、次世代医療デバイスとしてさまざまな応用が期待されます。

特記事項

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業
・研究プロジェクト:「ERATO染谷生体調和エレクトロニクスプロジェクト」
・研究総括:染谷 隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
・研究期間:平成23年8月~平成29年3月

上記研究プロジェクトでは、シリコンに代表される従来の無機材料に代わり、柔らかく、かつ生体との適合が期待できる有機材料に着目し、生体とエレクトロニクスを調和させ融合する全く新しいデバイスの開発の実現を目指しています。

参考図

図1 生体適合性を持つ柔らかいシート型生体信号増幅回路
柔軟なゲル電極とシート型の生体信号増幅回路の集積化により実現
(a)ゲル電極の拡大図(厚みは用途に応じて使い分ける)
(b)シート型生体信号増幅回路の写真と(c)断面模式図

図2 心電の信号増幅
(図2-Aデータ)信号増幅する前のラットの心電
(図2-Bデータ)シート型信号増幅回路による増幅後のラットの心電
シート型生体電位センサーをラットの心臓に貼り付けることで心筋梗塞部位を特定することに成功し、柔らかいシート型生体電位センサーとしての有用性を実証した。心筋梗塞部位の心電が出ていない様子が鮮明にわかるようになった。

用語解説

※1 有機トランジスター
電気が流れる半導体部分が有機材料のトランジスター。作製プロセスに必要な温度が150度以下と低温なため、高分子フィルムなど柔軟な材料を基材に用いることができる。結果的に、柔軟性を持つトランジスターになる。複数のトランジスターを集積化することで、信号増幅回路として機能する。

※2 ヒドロゲル
ポリマーなどの材料がネットワーク状に結合し、内部に水を保持するゲル。固体で形を保持しながら多量の水を含むことができる。ゼラチンや寒天から作られるゼリーやこんにゃくもヒドロゲルである。

※3 ヤング率
材料が一つの軸方向に変形する際の、ひずみと応力の直線関係を示す比例定数。材料の固さや柔らかさの指標で、大きいと固い材料、小さいと柔らかい材料となる。

※4 アドミタンス
交流回路に流れる電流と電圧の比。電気の流れやすさを表す。

※5 Good Laboratory Practice (GLP)
化学物質に対する各種安全性試験成績の信頼性を確保するための国際的な基準。優良試験所規範(基準)とも言われる。

論文情報

<タイトル>
“Ultraflexible organic amplifier with biocompatible gel electrodes”
(生体適合性ゲル電極を持つ柔軟な有機信号増幅回路)

参考URL

大阪大学 産業科学研究所 関谷研究室HP
http://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/aed/

キーワード

この組織の他の研究を見る

Tag Cloud

back to top