2016年3月23日

本研究成果のポイント

・原子分解能走査型透過電子顕微鏡法(STEM※1 )と超高感度X線組成分析手法※2 を融合することにより、ジルコニアセラミックス粒界※3 のイットリウム※4 偏析※5 構造を原子レベルで初めて明らかにした。その結果、イットリウム偏析構造は原子レベルで規則化した結晶構造であることがわかった。
・原子レベルモンテカルロ計算※6 を用いた理論解析により、イットリウムが原子レベルで規則的な配列を形成するメカニズムを解析した。その結果、粒界、イットリウム、酸素空孔の相互作用によって規則構造が形成されることが明らかとなった。
・ジルコニアセラミックスは燃料電池の固体電解質※7 として用いられており、高性能な固体電解質開発のための原子レベルの設計指針が得られたことにより、今後、高性能なセラミック材料開発の新たな指針になることが期待できる。

リリース概要

ジルコニアセラミックス(ZrO2)は、燃料電池の固体電解質に用いられるセラミックスであり、その特性向上のためにイットリウム(Y)などの異種元素が添加されています。このイットリウム添加は結晶内部のイオン伝導性を向上させる働きがありますが、粒界などの界面部分に濃化(偏析※5 )してしまうと、粒界のイオン伝導を阻害することが知られています。そのため、異種元素の粒界への偏析現象は電池特性を劣化させる大きな要因とされてきました。今後、固体電解質をさらに高性能化するためには、この現象の本質を解明し、的確な制御が必要となります。

東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構の柴田直哉准教授、幾原雄一教授、馮(フウ)斌(ビン)特任研究員、熊本明仁特任研究員らの研究グループは、大阪大学大学院工学研究科知能・機能創成工学専攻 吉矢真人准教授、横井達矢特任研究員と共同で、原子分解能走査型透過電子顕微鏡法(STEM)と超高感度X線組成分析手法により、ジルコニアセラミックス粒界のイットリウム偏析原子構造を初めて明らかにしました。その結果、イットリウム原子は粒界に不規則に偏析するわけではなく、原子レベルで規則的な構造を形成していることが明らかとなりました(図2)。この構造は理論計算により予測された構造とも良く一致し、粒界構造、イットリウム、酸素空孔の相互作用によって粒界にのみ形成される新たな相であることが明らかとなりました(図3)。本結果は、セラミックスに添加される異種元素が粒界などの界面にどのように分布し、機能特性に影響を及ぼすのかに関する原子レベルの基礎知見を与える発見であり、今後の高性能な固体電解質開発に指針を与える重要な成果です。

本研究は、JSPS科学研究費新学術領域「ナノ構造情報」の助成を受けて行った研究成果であり、日本時間2016年3月23日午後7時に英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版で公表されました。

研究内容

<研究の背景と経緯>
ジルコニアセラミックスは、燃料電池の固体電解質や構造部材などに用いられるセラミックスです。ジルコニアセラミックスにはその特性向上のためイットリウムなどの異種元素が添加されています。この異種元素は材料内部で均一に分布しているわけではなく、粒界や表面などの界面部分に濃化(偏析)する傾向にあることが知られており、それが固体電解質として応用する際、粒界のイオン伝導特性を悪化させ、結果として電池特性を劣化させる大きな要因であるとされてきました。今後、更なる高性能固体電解質を開発するためには、粒界部分での元素偏析現象を的確に制御し、特性劣化を防ぐ必要があります。しかし、粒界は原子レベルの複雑な構造を有し、偏析現象にはさまざまな点欠陥が関与すると考えられていることから、ジルコニアセラミックスにおける粒界偏析現象の本質を理解することは極めて難しいのが現状です。また、これらの元素は粒界のみに存在するのではなく結晶内部にも存在するため、粒界にどの程度濃化しているかを原子レベルで実験的に捉えることが極めて困難でした。

<研究の内容>
今回、本研究チームは、1Å(オングストローム、10-10m)以下の分解能を有するSTEM法(図1)と超高感度なX線分析手法を高度に融合することにより、イットリウム原子を添加したジルコニアセラミックスの粒界の原子レベルの組成分布解析を行いました。その結果、粒界近傍の数ナノメーターの領域には、イットリウム濃度が原子レベルで濃淡を繰り返す規則的な構造が形成されていることが明らかとなりました(図2)。これまで、イットリウム原子は規則的な構造を形成することなく単純に濃化しているものと考えられてきましたが、本発見はそのような従来の知見を覆す結果です。更に、原子レベルモンテカルロ計算を用いた理論解析により、イットリウム原子が規則的な構造を形成するメカニズムを解析しました。その結果、粒界構造、イットリウム、酸素空孔の相互作用によって実験で観察された規則構造が安定化されることが明らかとなりました(図3)。今回発見された規則構造は、イットリウムを添加したジルコニアセラミックスでは安定化できないパイロクロア型結晶構造※8 と非常に類似した構造を有しており、粒界という特殊環境がその形成を可能にしたと考えられます。つまり、粒界偏析現象を的確に制御することができれば、通常は形成することが出来ない機能に優れた新たな結晶相を材料中に作り込める可能性を示しています。本結果は、セラミックスに添加される異種元素が粒界などの界面にどのように分布し、機能特性に影響を及ぼすのかに関する原子レベルの基礎知見を与える発見であり、今後の高性能なセラミック材料開発に新たな指針を与える重要な成果です。

<社会的意義・今後の予定>
燃料電池など創エネ・省エネ技術の高性能化には、その構成部材であるセラミックスの特性向上が必須の技術課題です。本研究によりセラミックス粒界の溶質偏析挙動が明らかになり、性能劣化の原因解明とその制御に新たな道が開かれました。また、本研究は粒界偏析を的確に制御すれば粒界のみに別の機能を持った新たな結晶相を作り込める可能性も示しており、今後の新たな材料設計指針になることが期待できます。更に、本研究で用いた究極的な電子顕微鏡技術は、物質科学や材料工学などのさまざまな分野において極めて有力な解析技術になることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名:英国科学誌「Nature Communications」
論文タイトル:“Atomically ordered solute segregation behaviour in an oxide grain boundary”(酸化物粒界の規則的な溶質偏析挙動)
著者: Bin Feng, Tatsuya Yokoi, Akihito Kumamoto, Masato Yoshiya, Yuichi Ikuhara and Naoya Shibata*
DOI番号:10.1038/NCOMMS11079

用語解説

※1 原子分解能走査型透過電子顕微鏡(STEM)
細く収束させた電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で、試料中の構造を直接観察する装置。現在、電子線を1Å(オングストローム)以下にまで絞り込むことができるため、原子の直接観察も可能である。

※2 X線組成分析手法
電子線が試料に入射すると、試料中に存在する元素の種類に応じて異なるエネルギーの特性X線が発生する。この特性X線のエネルギーを分析することにより、電子線が当たっている領域に存在する元素の種類、量を分析する手法。エネルギー分散型X線分光法(EDS)とも呼ばれる。近年、原子分解能STEMと組み合わせることで、原子レベルの組成分析が可能になっている。

※3 粒界
多結晶材料を構成する個々の結晶粒同士の境界、界面。結晶内部の構造とは異なる原子構造を有するため、結晶内部では発現しない様々な現象、機能が発現する。

※4 イットリウム
原子番号39番の元素。ジルコニアセラミックスの機能特性、機械特性を向上させることを目的として材料中に適量添加される。

※5 偏析
金属、セラミックスなどの材料中の不純物あるいは成分元素が局所的に不均一となる現象。材料の界面や表面においてしばしば起きる。

※6 原子レベルモンテカルロ計算
乱数を用いたシミュレーションを繰り返すことにより、近似的な解を得る数値計算手法を応用することで原子の安定構造を予測する理論計算手法。

※7 固体電解質
固体状態で高いイオン伝導性を示す材料。固体中でもイオンの拡散速度が大きいため、そのイオンが電荷を運び、伝導性が現れる。ジルコニアの場合、酸素イオン伝導を示す。

※8 パイロクロア型結晶構造
酸化物の結晶構造の一種。一般的にはA、Bを希土類元素や金属元素としたときにA2B2O6およびA2B2O7と表される物質の結晶構造のこと。AとBの元素が結晶構造中で規則的に配列するのが特徴。

参考図

図1 原子分解能走査型透過電子顕微鏡法(STEM)の概要
(a)STEMの実機写真。
(b)STEM法の模式図。照射源(赤点)から照射された電子(緑色)は、収差補正装置(灰色円盤)を通過すると非常に細く絞り込まれる。試料(藍色四角)を透過する際、原子の種類に応じて散乱するので、これを環状の検出器(青色ドーナツ環)を用いて計測し、画像として観察する。また、X線検出器を試料近傍に配置することにより、電子線が当たった位置からの特性X線を検出し、局所的な組成分析を行うことが出来る。

図2 イットリウム原子を添加したジルコニア粒界の超高感度原子分解能X線分析結果
(a)Zr原子から出てくる特性X線を画像化した像。Zr原子が存在する位置が明るいコントラストで観察できる。
(b)Y原子から出てくる特性X線を画像化した像。Y原子が存在する位置が明るいコントラストで観察できる。これらの像から明らかなように、粒界中央の原子列を挟んでZr原子が少ない列にY原子が濃化しており、原子数層にわたってY濃度が変調した特殊な規則構造を形成していることがわかる。

図3 モンテカルロ計算によるイットリウム原子の粒界における安定配置の理論予測結果
(a)理論計算から予測されたY原子が偏析した粒界構造モデル。緑色で示すY原子が粒界近傍で規則的に配列している様子がわかる。
(b)(c)粒界に平行な原子面内におけるYとZrの濃度を示す。Y濃度が高い原子面とZr濃度が高い原子面が交互に出現している。この結果は、図2の実験結果と良い一致を示している。

参考URL

大阪大学大学院工学研究科知能・機能創成工学専攻 計算材料設計・創成研究室(吉矢研究室)
http://www.cmdc.ams.eng.osaka-u.ac.jp/member_j.html

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