2016年2月19日

本研究成果のポイント

・多細胞生物の発生と組織形成に必須のタンパク質Wnt(ウィント)※1 の全く新しい精製保存方法を確立
・Wntは再生医療の鍵となる幹細胞の維持・増殖に必要な物質であるが、添加剤を加えない調製は困難だった
・幹細胞の人工培養の効率と安定性を飛躍的に高め、再生医療への応用の扉を開くことに期待

リリース概要

大阪大学蛋白質研究所の高木淳一教授のグループは、ヒトを含むあらゆる多細胞生物の発生と組織形成に必須であるタンパク質、Wnt(ウィント)に血液中のタンパク質であるアファミン(別名αアルブミン)が結合することを発見し、これを利用してWntの全く新しい精製保存法を開発しました。Wntは細胞に作用してその細胞の運命を制御する分泌タンパク質であり、がんや骨粗鬆症を含む、様々な疾患に関わっていますが、通常の分泌タンパク質とは違って水に溶けず、したがって医療や研究の目的でこれを活性のある状態で調製することが至難の業でした。

高木淳一教授と三原恵美子特任研究員は、これまで界面活性剤を添加しなければ決して精製できないとされていたWntタンパク質を、アファミンと複合体を作らせることによって、なんら添加剤を加えずに調製することに成功し、このWnt-アファミン複合体が細胞に対する生物活性を完全に保持していることを、大阪大学大学院医学系研究科および慶應大学の研究グループと共同で証明しました。

Wntタンパク質は、生体内にごく微量しか存在しない幹細胞や、iPS細胞を実験室内で増やすための必須な因子で、これを大量に、しかも不純物無しに調製できるようになったことは、再生医療研究を加速するものとして注目されます。

本成果は英科学誌「eLife」に2月23日付けで掲載されます。

図1 アファミンによるWntタンパク質安定化の概念図

研究の背景

今世界中で注目を集めている「再生医療」において、肝臓なら肝臓、小腸なら小腸の細胞を無限に創り出せれば、たとえば人工臓器を創らせたり、あるいはこれらの細胞を使って薬の毒性を試験したりすることが出来ると期待されています。これら特有の組織細胞の「もと」になる細胞を幹細胞と呼びますが、それぞれの組織中にごく微量しか存在しないため、取り出してきて増やすことは非常に困難です。それを解決するために開発されたのがiPS細胞ですが、iPS細胞から誘導して作られる幹細胞もやはり培養系でたくさん増やすことは難しく、再生医療のネックとなっています。

この「幹細胞(iPS細胞から樹立したものを含む)を培養系で維持し、増殖させる」ために必須な因子がWnt3aを代表とするWntタンパク質群です。Wntは様々な組織の幹細胞の増殖に不可欠な因子であることから、遺伝子組み換えでWntタンパク質を生産することは、再生医療分野で大変重要になってきています。ところがWntタンパク質は特殊な脂肪酸で修飾されているため、他の多くのタンパク質のように水に溶けません(図1)。培養細胞にWntタンパク質を遺伝子導入して作らせると、培地にウシ胎児血清が存在するときだけWntが分泌されますが、血清を抜くとWntは沈殿してしまい、界面活性剤を加えなければ純度の高いWntは調製できないというのがこれまでの常識でした。

研究の成果

高木グループの三原恵美子研究員は、独自に開発したアフィニティータグシステム※2 を用いてWnt3aというタンパク質(ヒトには19種類の異なるWntが存在します)を血清入りの培養上清から精製するときに、特定のタンパク質が必ず混入してくることに気づきました。分析の結果、このタンパク質は培地中の血清に含まれていたアファミンというタンパク質であり、本来水に溶けないWnt3aタンパク質に結合して水溶化していることが分かりました。アファミンに結合した状態のWnt3aは高い生理活性をもち、通常なら1週間後には死滅してしまうヒトの大腸上皮幹細胞を、数ヶ月にわたって増殖させることが可能でした(図2)。また、これまで知られている方法で純化したWnt3aタンパク質は非常に不安定ですぐに失活してしまったのに対し、アファミン複合体の状態で精製したものは冷蔵庫で1ヶ月以上保存できるなど、極めて良好な安定性を示すことがわかりました。この「Wnt保護物質」としてのアファミンの効果は、Wnt5aやWnt3など、様々なWntタンパク質においてみられ、「水に溶けない」ことから非常に遅れていたWntタンパク質群の生化学的解析を一気に加速する可能性があります。

図2 アファミンで保護したWnt3aは、ヒト大腸由来上皮幹細胞の人工培養を長期にわたって維持する

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

現在試みられているほとんどの幹細胞培養においてWntシグナルを活性化する薬剤、あるいはWntタンパク質そのものが使われていますが、Wntタンパク質が水に溶けない性質のため、これまではウシ胎児血清を含む培養上清の状態か、あるいは界面活性剤(洗剤のようなもの)を添加した精製タンパク質か、どちらかの形態で使われていました。ところが、ウシ血清や界面活性剤の存在下で培養された幹細胞は、安全性などの面から医療応用ができません。

本研究によって、Wntタンパク質をアファミンとの複合体の状態で調製すれば、血清や界面活性剤はおろか、その他一切の特殊な添加物を必要とせずに幹細胞を実験室で培養することが出来ます。アファミンはヒトの血液中に存在するタンパク質ですので、ヒトにとって異物ではなく、免疫原性もありません。よってアファミン複合体として精製・保存したWntタンパク質は、研究用はもちろん医療用の「幹細胞増殖因子」としても大変理想的です。また、これまで水に溶けない性質のせいで単離精製が困難だったため、19種類もあるWntタンパク質の多くについてはその生理的役割や標的とする細胞の特異性などに関して多くの不明な点が残っています。

よって本研究は腸などの幹細胞の人工培養の効率と安定性を飛躍的に高めるだけでなく、未だ幹細胞の培養が実現していない組織について、再生医療への応用の扉を開く可能性を秘めています。

特記事項

本研究成果は、米科学誌「eLife」に2月23日(火)に掲載されました。

論文タイトル: Active and water-soluble form of lipidated Wnt protein is maintained by a serum glycoprotein afamin/α-albumin
著者: Emiko Mihara, Hidenori Hirai, Hideki Yamamoto, Keiko Tamura-Kawakami, Mami Matano, Akira Kikuchi, Toshiro Sato, and Junichi Takagi

用語説明

※1 Wntタンパク質
もともとショウジョウバエでWingless(羽根無し)と呼ばれる、文字通り羽根が生えない変異体の原因遺伝子として見つかった。ヒトなどの高等動物ではこのタンパク質が細胞に与える信号(Wntシグナルと呼ばれる)が、様々な細胞の運命決定に関わり、その異常は骨の形成不全やがんなどの原因となる。

※2 アフィニティータグシステム
遺伝子組み換えによりタンパク質を生産する際に、目的のタンパク質に数~十数アミノ酸からなるタグ(荷札)配列を追加しておき、このタグに特異的に結合する物質(抗体など)を用いて目的タンパク質を簡便に単離精製する方法。今回用いたのは高木グループで開発して市販もされているTARGETタグと呼ばれるシステム。

参考URL

論文掲載先(eLIFE)
http://dx.doi.org/10.7554/eLife.11621

大阪大学蛋白質研究所Press Release
http://www.protein.osaka-u.ac.jp/achievement/wntprotein/

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