1次元での電子の振る舞いを固体表面で実証

1次元での電子の振る舞いを固体表面で実証

次世代半導体デバイスにおける極微金属ナノ配線の性質の予測に道

2015-12-2

本研究成果のポイント

・半導体表面に1次元ナノ金属 を作製し、朝永・ラッティンジャー液体(TLL) と呼ばれる1次元系特有の電子状態が実現していることを発見
・これまで、固体表面でのTLLの作製例はほとんどなく、その電子状態の観測範囲(エネルギー・運動量)も限られていた
・次世代の半導体素子における極度に微細化したナノ金属配線の性質予測など、1次元ナノ金属特有の電子物性の解明に役立つと期待

概要

大阪大学大学院生命機能研究科の大坪嘉之助教、木村真一教授、自然科学研究機構分子科学研究所の田中清尚准教授、Synchrotron SOLEIL(仏)のAmina Taleb(アミナ・タレブ)博士らの研究グループは、半導体の結晶表面に作製した1次元ナノ金属において、朝永・ラッティンジャー液体と呼ばれる1次元系特有の電子の状態・動きを初めて観測しました。この研究は、例えば次世代の半導体素子における極度に微細化したナノ金属配線に現れる電子の性質の予測など、これまでよく知られていなかった1次元ナノ金属特有の電子物性の解明に役立つと考えられます。本研究成果は12月3日(木)(米国東部時間)に米国物理学会(APS)「Physical Review Letters」(オンライン版)で公開されました。

研究の背景

1次元ナノ空間では、我々が通常暮らしている3次元の世界とは全く異なる様々な現象が予想されています。その原因の一つとなるのが、1次元では粒子が「すれ違う」ことができないということです (図1) 。このような1次元に閉じ込められた電子の状況は、これを説明する理論の提唱者の名前をとって「朝永・ラッティンジャー液体(TLL)」と呼ばれています。

本研究は、このような特異な1次元ナノ電子系を固体表面に人工的に作り出し、その電子の動き・状態(エネルギー、運動量)を角度分解光電子分光 という手法で決定したものです。

これまでにもカーボンナノチューブなどのいくつかの物質でTLLと考えられる電子状態は観測されてきましたが、固体表面での作製例はほとんどなく、その電子状態の観測範囲(エネルギー・運動量)も限られていました。

本研究では固体表面にTLLを人工的に作製し、その電子の動きや状態を広いエネルギー範囲にわたって初めて解明しました。

図1 2-3次元系(左)と1次元系(右)での粒子の錯乱の模式図。
1次元系では『すれ違う』ことができず、必ず連鎖反応が起きる

本研究の内容

本研究では、半導体であるアンチモン化インジウム(InSb) 結晶の表面に極めて微量のビスマス を配列させることで、最大でも原子数個程度の太さしか持たない極めて細い1次元ナノ構造を作製し、その電子状態を角度分解光電子分光法で観測しました。

図2(a) に示したように、観測された電子の運動量は、1つの方向に同じ値を持つことから、速さと方向がそろっていることを観測しました。しかも、この電子状態のエネルギーと運動量の関係(分散関係)は、表面1次元構造に平行な方向については通常の金属のような放物線型の構造を取ることが広いエネルギー範囲にわたって示されました (図2(b)) 。このことは、一次元ナノ構造の方向には通常の金属のように電子が流れることを示しています。さらに、ここで測定された電子状態のスペクトルはTLLについて理論的に予測される形状とぴたりと一致しており (図2(c)) 、半導体表面にTLLが形成されたことをはっきりと示すことができました。

図2 (a) 角度分解光電子分光で観測された1次元電子状態の運動量依存性 (b) 1次元電子状態の運動量(横軸)・エネルギー(縦軸)依存性 (c) 1次元電子状態の光電子スペクトル強度。緑の破線がTLLについての理論予測

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今回発見した表面1次元ナノ構造について、詳細な原子構造の決定やそれに基づく理論計算との比較を進めることで、実験データの不足によりこれまでよくわかっていなかった1次元ナノ金属の電子状態についての研究を大きく進展させることができると考えられます。1次元ナノ金属の特異性に関する理解は、例えば次世代の半導体素子における極度に微細化した金属ナノ配線の電子物性の予測などに不可欠な知見であり、今後の研究の発展が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2015年12月3日(木)(米国東部時間)に「Physical Review Letters」のオンライン版に公開されました。

【題目】 Surface Tomonaga-Luttinger-Liquid State on Bi/InSb(001)
【論文誌名】 Physical Review Letters (米国 American Physical Society) 12月3日掲載
【著者】 Yoshiyuki Ohtsubo(大坪嘉之,大阪大・助教) , Jun-ichiro Kishi(岸潤一郎,大阪大・大学院生) , Kenta Hagiwara(萩原健太,大阪大・大学院生) , Patrick Le Fè vre(仏国・ソレイユ放射光・研究員), François Bertran(仏国・ソレイユ放射光・研究員), Amina Taleb-Ibrahimi(仏国・ソレイユ放射光・主任研究員), Hiroyuki Yamane(山根宏之,分子研・助教), Shin-ichiro Ideta(出田真一郎,分子研・助教), Masaharu Matsunami(松波雅治,分子研・助教), Kiyohisa Tanaka(田中清尚,分子研・准教授) and Shin-ichi Kimura(木村真一,大阪大・教授)
(本学所属の著者は下線で示しています)

この研究は、科学研究費補助金 研究活動スタート支援(課題番号26887024)および基盤研究B(15H03676)の補助を受けて行われました。また、分子科学研究所UVSOR施設利用研究及びナノテクノロジープラットフォーム事業の研究課題の一環として実施されました。

参考URL

大阪大学大学院生命機能研究科 光物性研究室
http://www.kimura-lab.com/

用語説明

1次元ナノ金属

真空装置内で固体表面に平坦化・清浄化等・他元素蒸着等の処理を施すことで、細さ1nm程度(原子1個~数個分程度)の極めて細い金属を作製することができる。このような1次元金属においては、この研究で対象としたTLL 等の1次元系特有の電子状態が盛んに研究されている。

朝永・ラッティンジャー液体(TLL)

1次元導体中の相互作用する電子の状態を記述する理論モデルで、1950年に朝永振一郎により提唱され、1963年にラッティンジャーにより拡張されました。TLLでは電子が1つずつの粒子としてではなく集団として常に運動したり、電荷とスピンの運動が別々に現れるなど、通常の金属中の電子とは全く違った状態が実現すると予測されていましたが、今回の研究ではそのうちのいくつかの特徴が実際に観測されました。(朝永博士は別の研究で1965年にノーベル物理学賞受賞)

角度分解光電子分光

固体に光を当てて、飛び出てくる電子の角度とエネルギーを観測することにより、固体内電子の運動量と束縛エネルギーを観測する手法です。固体における電子の状態を調べるための手法として近年盛んに用いられ、分解能や感度などの性能が日進月歩で進歩しています。

アンチモン化インジウム(InSb)

アンチモン(Sb, 原子番号51)とインジウム(In, 原子番号49)の化合物で、ダイヤモンドやシリコンと同様の結晶構造を持つ半導体。赤外線検出器等に利用されている。

ビスマス

原子番号83。非放射性元素の中で最も重い元素であることや、その単結晶の電子状態が金属と絶縁体の丁度境界領域に当たるような状況であることから、その電子状態に関しては長い間研究が行われてきた。