量子情報処理の研究へ大きく貢献!2個のフォノンの量子干渉観測に成功
世界的に研究が進む注目装置:イオントラップを用いた成果
本研究成果のポイント
・世界で初めて、物質の振動を表す基本粒子:フォノン2個における量子干渉の観測に成功
・イオントラップ中に局在した個別のフォノンを発生する技術を用いて観測
・フォノンが光子と共通の性質を持つことを確認
・量子コンピューター、量子シミュレーション等の量子情報処理技術への応用に期待
リリース概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の占部伸二名誉教授および豊田健二助教らの研究グループは、電荷を持つ粒子を空間的に閉じ込める装置:イオントラップ 中の極低温状態の2個のカルシウムイオンを用いて、物質の振動を表す粒子:フォノン 2個の量子的な干渉を、意図したタイミングで観測することに成功しました。2個の粒子を用いた量子干渉はこれまで、2個の光子、2個の原子などを用いた実験が報告されてきましたが、フォノンを用いて観測されたのは世界で初めてのことです。イオントラップは量子コンピューター等の量子情報処理 を物理的に実現する一つの有力な手法として、世界的に研究が進められています。
これにより、物質の振動を表す基本粒子であるフォノンが、光の基本粒子である光子と共通の性質を持つことが確認されました。今後、フォノンを用いた量子シミュレーションや量子インターフェースの研究など量子情報処理の研究へ大きく貢献することが期待されます。
本研究成果は、11月5日(木)付に英国科学情報誌Natureに掲載されました。
図 イオンラップと2個のイオン
研究の背景
イオントラップは量子コンピューター等の量子情報処理を物理的に実現する一つの有力な手法として、世界的に研究が進められており、2012年にはこの分野の第一人者である米国のワインランド博士がノーベル物理学賞を受賞しています。大阪大学基礎工学研究科でもイオントラップを使った量子情報処理の研究を行っており、これまで量子ゲートや量子シミュレーターの実験を進めてきました。
今回、占部伸二大阪大学名誉教授および同大学基礎工学研究科豊田健二助教、野口篤志研究員(現東大先端研)らのグループは、イオントラップ中に配列したイオンを使って2個のフォノンの量子的な干渉を観測することに成功しました。フォノンがこのような干渉を示すことは理論的には予測されていましたが、それを2個などの少数個のレベルで直接実証した例はこれまでありませんでした。
研究の詳細
実験では、空間に並んだ2個のカルシウムイオンにレーザーを照射してイオンの運動エネルギーをすべて取り除きました。次にイオンの各々のサイトに局在したフォノンを1個ずつ発生させました。2個のイオン間には相互作用が働くため、これによりフォノンが移動してお互いに干渉を起こします。古典的粒子などの場合には、それぞれのサイトに1個ずつ粒子が検出される可能性がありますが、フォノンの場合には、1個ずつ検出される可能性が干渉効果により打ち消されるために、2個のフォノンが局在して同時にどちらかのサイトに検出されることが予想されます。実験ではフォノンが2個同時に検出され、それぞれのサイトに同時に1個ずつ検出される確率がほぼゼロとなることを確認しました。この現象は光の量子的な粒子として知られる光子や機械振動の量子的な粒子として知られるフォノンなどのボース粒子 に特有な干渉効果であり、量子的な性質を示す典型的な現象です。この現象は各サイトに確実に一個の量子(粒子)を同時に準備できたときのみ観測することが可能で、光子の場合にはこれは限られた成功確率でしか行うことができません。イオントラップでは制御性よく確実に一個のフォノンを発生できるため、今回、オンデマンドで(つまり意図したタイミングで確実に)実現することに成功しました。
本研究成果の意義
これまでの量子情報処理では、原子やイオンの中の二状態系(量子ビット)を中心に用いて実験が行われてきました。イオントラップを用いた実験においては、フォノンはイオンの量子ビット間の相互作用を仲介とする脇役として用いられてきました。今回、コヒーレンス時間の長いフォノンの発生およびフォノン同士の干渉が可能になったことにより、フォノンを用いた固体内の複雑な相互作用をシミュレートする大規模な量子シミュレーション実験への展望が開けたことになります。また、フォノンと微小機械振動子や電気回路などの異なった量子系との結合による異なった機能を組み合わせた新しい量子情報処理システムへの発展が期待されます。
また、近年マイクロメーターないしはナノメータースケールの微小機械的振動子と光が結合した系(オプトメカニカルシステム)の研究が盛んにおこなわれており、微小機械的振動子の振動モードを運動エネルギーがゼロとなるまで冷却することも可能となってきています。今回の研究成果は、このような系に応用することも可能と考えられます。
特記事項
本成果は、Nature, Vol.527, No.7576, 5 November 2015. に以下のタイトルで掲載されました。
Kenji Toyoda, Ryoto Hiji, Atsushi Noguchi, Shinji Urabe,
“Hong-Ou-Mandel interference of two phonons in trapped ions”
参考URL
大阪大学 大学院基礎工学研究科 電子光科学領域 量子エレクトロニクスグループ
http://www.qe.ee.es.osaka-u.ac.jp/index-j.html
用語説明
- フォノン
周期的に並んだ結晶中の原子は平衡点付近で振動をしていることが知られている。この振動のエネルギーは量子化されとびとびの値を持つ。このエネルギーの塊は一個の粒子(準粒子と言われる)と見なすことができフォノンと呼ばれる。イオントラップの場合は捕獲されたイオンが極低温状態になると一列に並び、平衡点付近で振動を行う。この振動のエネルギーは量子化されフォノンの集まりと見なすことができる。イオントラップではレーザーを使ってフォノン数がゼロの状態までイオンを冷却することが可能である。
- イオントラップ
電磁場を用いて電荷を持った粒子を空間的に閉じ込める装置の総称である。電荷を持った粒子を閉じ込めるために、静電場と静磁場を用いるペニングトラップと静電場および交流電場を用いるパウルトラップが主に使われている。今回の実験では、写真にある線形パウルトラップを用いて実験を行った。
- 量子情報処理
ミクロの世界を扱う量子力学の原理と従来の情報処理の考え方を組み合わせ、まったく新しい種類の情報処理の実現を目指す学問分野。絶対に破られない暗号通信(量子暗号)や、現在のコンピューターでは非常に長い時間がかかる計算を圧倒的に短い時間で行うことのできる量子コンピューター・量子シミュレーションなどの実現を目指す。極限的な制御技術の発展を背景として、今世紀に入ってから大きく発展した。
- ボース粒子
物質を構成する素粒子や固体中の準粒子は、二つのタイプに分類される。一つはフェルミ粒子と呼ばれるもので一つの量子状態には一個しか入れない性質を持つ。電子が代表的なものである。もう一つはボース粒子と呼ばれるもので一つの量子状態に何個でも入ることができる性質を持つ。光の粒子であるフォトンや振動の量子であるフォノンはこれに属する。