2015年8月21日

本研究成果のポイント

・体内時計機能が変異したマウスは、早期に性周期不整や不妊症状を示すことを発見
・早期不妊症状は、体内時計の固有周期と環境明暗サイクルの周期を調和させることで劇的に改善
・加齢による性周期不整・不妊等の生殖機能の変化は、体内時計の機能に強く依存することから、体内時計の加齢変化を考慮した“サーカディアンタイミング戦略”による不妊症改善に期待

リリース概要

大阪大学大学院歯学研究科・口腔科学フロンティアセンター・口腔時間生物学研究室の中村渉准教授らの研究グループは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、明治大学・立命館大学との共同研究により、体内時計※1 と不妊との因果関係を証明しました。女性の生殖機能は加齢とともに弱まり、閉経を迎えるまでに性周期不整や不妊を呈しますが、このような移行期間に作用する要因は明らかでありませんでした。当グループは、体内時計の概日(サーカディアン)リズム※2 を制御する遺伝子を欠損したマウス(CryKOマウス)が、通常妊娠出産が可能である早期加齢期(8~12か月齢。ヒトで換算すると、30代半ば~40代)に性周期不整や不妊を呈することを発見しました。

本研究により、今後、平日と週末等に生じがちな生活リズムのズレを軽減するなど、体内時計の加齢変化※3 を考慮した生活を送ることにより不妊症を改善する“サーカディアンタイミング戦略”を確立することが期待されます。

本研究成果は、8月21日(金)(日本時間)に、米国の科学誌「Cell Reports」電子版に掲載されました。

研究の手順と成果

CryKOマウスは個体固有の体内時計周期が短縮(22.5時間)または、延長(24.5時間)することが知られています。そこで、体内時計周期と明暗環境周期を調和させたところ、CryKOマウスにみとめられた早期に発症する性周期不整が改善し、妊娠成功率は劇的に上昇しました(図1)。また、遺伝子欠損のない野生型マウスを、通常妊娠出産が可能である早期加齢期(8~12か月齢)に“社会的時差ボケ”をおこした明暗環境条件下におくと、性周期不整を呈しました(図2)。これらの結果は、早期に発症する性周期不整・不妊等の生殖機能の加齢変化が、体内時計の機能に強く依存することを示しています。

図1 体内時計の周期に環境明暗周期を調和させることで改善される不妊症

図2 性周期不整のリスクファクターとなる“社会的時差ボケ”

研究の背景

女性生殖機能において「視床下部-下垂体-性腺系(HPG軸)※4 」が性周期を形成し、ヒトの場合月経周期が、マウスの場合4日または5日が排卵に至る基本周期となります。一連のHPG軸の機能発現には、体内時計中枢としてはたらく視床下部・視交叉上核※5 の時刻情報(タイミングシグナル)が必須であることが知られていました。この“タイミングシグナル”は、1972年の体内時計中枢・視交叉上核の発見や、1977年にノーベル賞を受賞した性腺刺激ホルモン放出ホルモンの同定以前より想定されていましたが、いまだ実体解明には至っていません。今回の研究成果は、社会的な時刻と体内時計が制御する生理的な時刻との間に僅かなズレが生じることでタイミングシグナルが機能せず、結果として生殖機能の安定性が損なわれ早期不妊症状を呈することを示しています。

さらに、今回早期不妊症状を呈した要因(体内時計周期の変異・環境明暗サイクルの撹乱)は、マウスの妊娠適齢期(2~6か月齢)には作用しなかったことは特筆すべき点です。本研究グループは、体内時計中枢・視交叉上核の神経活動リズムは加齢に伴い減弱することを報告しています(Nakamura et al. 2011 J. Neurosci.)。今後は視交叉上核“タイミングシグナル”の同定や、体内時計加齢変化の作用点の解明が課題となります。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

初産年齢の高齢化傾向に伴い、不妊症の原因となる性周期不整の発症基盤を生理学的に理解し対策を講じることは喫緊の社会的課題です。本研究により、女性が多様な社会的制約に対応する上で、体内時計の加齢変化を考慮した生活を送る必要性が示されました。本研究は、生理学的に安定した性周期を達成するための“サーカディアンタイミング戦略”の確立に重要な成果だと考えられます。

特記事項

掲載誌:米科学誌「Cell Reports」(8月20日付け:米東部時間12:00、日本時間21日1:00・電子版)
論文タイトル:Recovery from age-related infertility under environmental light-dark cycles adjusted to the intrinsic circadian period
著者:Nana Takasu, Takahiro Nakamura, Isao Tokuda, Takeshi Todo, Gene Block, Wataru Nakamura

本研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)のさきがけ研究(PREST)「脳神経回路の形成・動作と制御」領域(研究総括:村上富士夫 大阪大学名誉教授)における研究課題「自発行動リズムを制御する体内時計神経回路基盤の解明」(研究代表者:中村渉)の一環として行われました。

なお、本研究は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校Gene Block学長、明治大学・立命館大学との共同研究です。

用語解説

※1 体内時計
哺乳類の場合、生体を構成するほぼすべての細胞が概日リズムを刻む分子機構を備えています。一方、視床下部・視交叉上核は末梢細胞の概日リズムを調節し、生理機能が最適なタイミングで発揮されるようコントロールする「体内時計」中枢として働きます。

※2 概日リズム(サーカディアンリズム)
地球上のあらゆる生物は約1日(概日)周期の体内時計機能を有しており、「昼間は活動し、夜間は休む」などの基本的スケジュールに備えて生理機能が変動します。通常、概日リズムは24時間周期に調節され、時間情報がない(実験的)環境下では“およそ1日”周期で変動します。

※3 加齢変化
年齢(週齢)の増加に伴う変化であり、生殖機能に限れば更年期から閉経にかけてだれもが自覚します。概日リズム機能もその例外ではなく、昼夜のメリハリの低下、調節性の低下等に表出されます。

※4 視床下部-下垂体-性腺系(HPG軸)
女性の場合、成熟した卵胞上皮細胞から分泌されたエストロジェンが視床下部視索前野に作用し、GnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)神経細胞からのGnRH放出を促します。GnRHを受けて下垂体から性腺刺激ホルモンが分泌され卵巣から排卵を引き起こします。これら一連のながれが性周期を形成し、ヒトの場合月経周期、マウスの場合4日または5日が基本周期です。

※5 視交叉上核
視神経が交差する部位の直上に存在する神経核領域です。視神経から光のタイミング情報を入力し、様々な脳神経領域に時間情報を出力します。視交叉上核を損傷すると、生理機能の昼夜差が消失するだけでなく、性周期もみられなくなることが知られています。

参考URL

大阪大学大学院歯学研究科口腔科学フロンティアセンター口腔時間生物学研究室
http://web.dent.osaka-u.ac.jp/~chrono/

論文掲載先(Cell Reports)
http://dx.doi.org/10.1016/j.celrep.2015.07.049

この組織の他の研究を見る

Tag Cloud

back to top