2015年8月3日

本研究成果のポイント

・9年以上の継代を続けることで、マウスの1世代あたりの変異率の測定に世界で初めて成功
・突然変異を高頻度で発生させたマウスにおいて、形質の多様化や繁殖力の低下を確認
・世代を超えた突然変異の蓄積により進化過程の再現を目指す「マウス進化プロジェクト」の成果
・白内障や腎臓病など、ヒト疾患に関連する個体も多く誕生、様々な治療方法の開発に役立つことに期待

リリース概要

大阪大学大学院生命機能研究科の内村有邦特任助教らの研究グループは、通常とは異なる形質を持つマウスが高頻度で誕生させることに成功し、世界で初めて、実験用マウスの世代あたりの変異率(突然変異の発生率)の測定に成功しました。また、ヒトとマウスの生殖系列では、よく似た特徴の変異が発生することも初めて明らかになりました。これは、通常の実験用マウスと遺伝子操作によりDNA複製時の変異率を高めたMutatorマウス※1 をそれぞれ20世代以上(9年間)に渡って継代を繰り返し、高い生殖系列の突然変異率が後世代の集団に与える影響について解析した結果です。

本成果は、人類集団で発生する変異の将来へのリスクを考える上で重要な発見だと考えられます。また、本研究では、水頭症や白内障、精神障害、筋ジストロフィー、アレルギー症状、腎障害、早期老化症、精子形成異常等、ヒト疾患にも関連する異常を示す個体も数多く見つかりました。さらには、「小鳥のように鳴くマウス」などの新奇の形質を示す変異体も誕生しました。本研究で作出された、多様なマウス変異体は今後のヒト疾患の治療方法の開発などに大きく役立つと考えられます。

本研究成果は、ゲノム科学専門誌「Genome Research」8月号に掲載されました(オンライン版については6月30日(火)に掲載されました)。

研究の背景

親から子へと引き継がれる遺伝情報(ゲノムDNA)に発生する突然変異は、私たち、ひとりひとりの個性の違いや様々な病気の原因になっています。また、より長期に渡って、それらの変異が蓄積されることは生物進化の原動力となります。近年、社会問題になっている晩婚化や、ある種の変異原への暴露は、生殖系列の変異率を上昇させることが知られています。しかしながら、人類集団の生殖系列の変異率がどの程度まで上がると、将来の人類集団に重大な影響を及ぼすのか、現在でも、ほとんど分かっていません。

私たちは、哺乳類のモデル動物である、実験用マウスを用いて、実験室内で世代を超えて数多くの変異を蓄積させることで、積み重なる突然変異の影響を調べる新しい実験モデル「通称:マウス進化プロジェクト※2 」の構築に取り組んでいます(図1)。通常の実験用マウス(野生型マウス)に加えて、遺伝子操作によりDNA複製時の突然変異発生率を高めたMutatorマウスの2種類のマウスを用いて、2006年からの9年間で25世代以上に渡り、継代を続けてきました。これにより、多数の変異を蓄積させ、それらが後世代個体に及ぼす影響について解析を続けてきました。

図1 マウス進化プロジェクト
悠久の年月が必要なため、通常では解析が困難な哺乳類の進化過程を直接的に捉えるため、変異率を上げた(Mutator)マウスを用いた長期間の継代実験に取り組んでいる。各系統には、世代経過とともに、自然選択を受けながら数多くの変異が蓄積されていく。このような方法により、従来までは理解できなかった、複数変異の影響を包括的に捉えた新しい遺伝学研究が展開可能になる。

今回の研究の成果

本研究で、長期間継代した野生型マウスの全ゲノム配列をシーケンシング※3 し、その解析に多くの工夫を加えた結果、極めて高精度に変異を検出することが可能となり、マウスの世代あたりの変異率を世界で初めて測定することに成功しました。

また、Mutatorマウスの継代により多くの突然変異を蓄積させていくと、形態異常、毛色異常、行動異常等の表現型異常を示す個体が数多く誕生しました(図2)。その中には、水頭症や白内障等、ヒト疾患にも関連する異常を示す個体も数多く見つかりました。さらには、「小鳥のように鳴くマウス」、ダックスフントのように「四肢や尾が短いマウス」などの新奇の形質を示す変異体も誕生しました。また、体重や身長などの量的形質においても多様性の増大が確認されました。これらの結果から、Mutatorマウスの高い変異率は、後世代の集団において、形質の多様性(疾患も含まれる)を増大させることが明らかになりました。

さらに、Mutatorマウスでは継代数が進むにつれて、雌雄ともに平均の体重が減少する傾向にあることが分かりました。また、世代経過とともに、繁殖能力が大幅に低下することも明らかになりました。これにより、Mutatorマウスでは、次世代の子供を残すことが困難になり、多くの系統で断絶が生じました。野生型マウスでは、こうした繁殖能力の低下は認められなかったことから、Mutatorマウスの高い変異率は、後世代の個体の健康や繁殖能力に重大な悪影響を与えることが明らかになりました。

図2 Mutatorマウスの継代から誕生した表現型以上の例
A.腹部白毛, B.水頭症, C.閉眼, D.尾切れ, E.尾の屈曲, F.白内障
G.指趾癒合, H.持続勃起症, I.短足かつ短尾, J.毛色異常, K.小鳥のように鳴くマウス(シンギングマウス)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究によって、生殖系列の高い変異率が人類集団全体の将来にとって、重大なリスクになりうることが、初めて実験的に示されました。また、マウスを用いた高精度な生殖系列変異の解析系が構築されました。本研究により、野生型マウスで自然発生する変異率が測定できたことで、サプリメントなどにも利用できる、抗変異原性物質(生殖系列での変異発生を抑制する物質)の開発も可能になると考えられます。 また、本法で新たに作出された疾患モデルマウスは、ヒトの病態に近い疾患モデルになると考えられ、ゲノム医療のための研究開発の基盤となる、新しい実験動物モデルになることが期待されます。

特記事項

本研究は、国立遺伝学研究所、生命情報研究センター比較ゲノム解析研究室、先端ゲノミクス推進センター、九州大学、名古屋大学、理化学研究所バイオリソースセンターとの共同研究により、実施されました。また、本研究は、新学術「ゲノム支援」、科学研究費補助金、大阪大学グローバルCOEプログラム、(株)ネオ・モルガン研究所(現、株式会社ちとせ研究所)から、一部支援を受けて実施されました。

掲載論文・雑誌

本研究成果は、Genome Research(Cold Spring Harbor Laboratory Press, US)8月号に掲載予定です。なお、オンライン版に6月30日に公開されました。
【URL】http://genome.cshlp.org/content/early/2015/06/30/gr.186148.114.abstract
【著者・論文タイトル】Arikuni Uchimura, Mayumi Higuchi, Yohei Minakuchi, Mizuki Ohno, Atsushi Toyoda, Asao Fujiyama, Ikuo Miura, Shigeharu Wakana, Jo Nishino, Takeshi Yagi
Germline mutation rates and the long-term phenotypic effects of mutation accumulation in wild-type laboratory mice and mutator mice

なお、本論文は8月4日(現地時間8月3日)付けで、Genome Research誌8月号の表紙に採用されました。
【URL】http://genome.cshlp.org/content/25/8.cover-expansion

用語の説明

※1 Mutator(ミューテーター)マウス
遺伝子改変等により、自然発生する変異率を上昇させたマウス。生殖系列の変異の多くはDNA複製時のコピーミスが原因だと考えられている。そのため、本研究では、DNA複製で中心的な役割を担うDNAポリメラーゼδのDNA合成の正確性を低下させた遺伝子改変マウス(DNA複製時のコピーミス誘発マウス:ホモ接合型)を作製し、それをMutatorマウスとすることで継代実験を進めてきた。

※2 マウス進化プロジェクト
2003年に開始した、世代を超えた突然変異の蓄積により、実験室内で哺乳類の進化過程を再現を目指す、長期型研究プロジェクト。突然変異率を高めたMutatorマウスを利用することで、進化の加速に取り組んでいる。(2010年の「小鳥のように鳴くマウス」の報道発表(http://www.afpbb.com/articles/-/2780469, https://www.youtube.com/watch?v=yLu37VvCozw など)に合わせて、Evolved Mouse Projectなどとして、AFP通信社等から国外で広く紹介されている。)

※3 シーケンシング
遺伝情報であるゲノムDNAの塩基配列を解読すること。近年の新型シーケンサーの技術革新により、ヒトやマウスのように大きなゲノムを持つ生物種であっても、全配列の解読が容易になっている。

研究の詳細

研究の背景と詳しい手法

ヒトでは、親から子へ遺伝情報が伝えられる際に、平均して、全ゲノムあたり68箇所、新規の変異が発生すると考えられます。それらの変異の少なくとも3%は個体に何らかの有害な影響を及ぼすと考えられています。つまり、各世代で平均2.1箇所の有害変異が発生することになります。集団遺伝学の理論によれば、このように高い変異率をもつヒト集団では、蓄積される有害変異に対して、かなり大きな選択圧が作用しない限り、長期的には集団全体が弱くなっていくと考えられています。

近年、社会問題になっている晩婚化(特に父親の高年齢化)や、ある種の変異原への暴露は、生殖系列の変異率を上昇させることが知られています。しかしながら、人類集団の生殖系列の変異率が増加することが、将来の人類集団にどのような影響を及ぼすのか、現在でも、ほとんど分かっていません。

私たちは、通常の実験用マウスと遺伝子操作によりDNA複製時の変異率を高めたMutatorマウスをそれぞれ20世代以上(9年間)に渡って継代を繰り返すことで、高い生殖系列の突然変異率が後世代の集団に与える影響について解析しました。通常のマウスの17倍の変異率(ヒトの約8倍に相当)をもつMutatorマウスを長期間継代すると、後世代のマウスでは、それぞれ個々の個性の違いが増大する一方で、平均体重が20%以上も軽くなり、繁殖能力が70%以上も低下することが明らかとなりました。また、それらの継代からは、「小鳥のように鳴くマウス」も含めて、通常とは異なる形質を持つマウスが高頻度で誕生しました。ヒトの約8倍に相当する変異率で後世代のマウスに深刻な影響が観察されたことは、人類集団で発生する変異の将来へのリスクを考える上で重要な発見だと考えられます。また、本研究で作出された、多様なマウス変異体は今後のヒト疾患の治療方法の開発などに大きく役立つと考えられます。

研究の成果

(1)マウスの生殖系列の変異率の測定に世界で初めて成功しました。
これまで、脊椎動物では、ヒトとチンパンジーでしか、全ゲノムレベルでの世代あたりの変異率は測定されていません。本研究で、長期間継代した野生型マウスの全ゲノム配列をシーケンシングし、その解析に多くの工夫を加えた結果、極めて高精度に変異を検出することが可能となり、マウスの変異率を世界で初めて測定することに成功しました。マウスの変異率はヒトやチンパンジー(1.2×10-8)の約半分の5.4×10-9/塩基(世代あたりゲノム全体で28箇所の変異が発生)でした(表1)

表1 哺乳類の世代あたりの変異率と後世代の生存への影響

今回の結果は、驚くべきことに、これまでに予想されていたマウスの変異率(3.7×10-8)より、6.9倍も低い値でした。また、マウスの生殖系列で発生する変異には、ヒトの変異とよく似た特徴(CpG配列で変異率が高い、トランスバージョン型変異が多いなど)がみられ、変異発生の原因はヒトとマウスで類似することが示されました。

Mutatorマウスの変異率を測定した結果、Mutatorマウスは野生型マウスの17.2倍に相当する変異率:9.4×10-8/塩基(世代あたりゲノム全体で489箇所の変異が発生)をもつことが明らかになりました。20世代のMutatorマウスの継代では、一般的な変異原処理(ENU処理)で誘発される変異(2,100箇所程度)の約3倍に相当する、6,300箇所の変異導入が確認されました。このことから、本モデルは、従来までにないほど多くの変異蓄積が可能な実験系であることが示されました。

(2)高い変異率は、後世代の個体の多様性を増大させました。
Mutatorマウスの継代により突然変異を蓄積させていくと、形態異常、毛色異常、行動異常等の表現型異常を示す個体が数多く誕生しました(図2)。その中には、水頭症や白内障、精神障害、筋ジストロフィー、アレルギー症状、腎障害、早期老化症、精子形成異常等、ヒト疾患にも関連する異常を示す個体も数多く見つかりました。さらには、「小鳥のように鳴くマウス(通称:シンギングマウス)」、ダックスフントのように「四肢や尾が短いマウス」などの新奇の形質を示す変異体も誕生しました。また、長い世代、独立に継代されたMutatorマウス系統の間では、体重や体長などの量的形質のバラツキが大きくなることも観察されました。

これらの結果から、Mutatorマウスの高い変異率は、後世代の集団において、個体ごと、あるいは集団ごとの形質の多様性(疾患も含まれる)を増大させる効果を持つことが明らかになりました。

【参考】本論文の追加資料として掲載されたシンギングマウスの動画
http://genome.cshlp.org/content/suppl/2015/06/03/gr.186148.114.DC1/MovieS1.mov

(3)高い変異率は、後世代の個体を矮小化させ、繁殖力の大幅な低下を引き起こしました。
Mutatorマウスでは継代数が進むにつれて、雌雄ともに平均の体重が減少する傾向にあることが分かりました。また、世代経過とともに、繁殖能力が大幅に低下することも明らかになりました(図3)。出産成功率は27%低下し[67%→49%、継代開始時点→7世代以降]、出産あたりの産子数も22%低下[6.3匹→4.9匹]、さらには、子供の生後死亡率は70%も増加しました[37%→63%]。これらの繁殖能力の低下の影響により、Mutatorマウス系統の多くは、次世代の子供を残すことができなくなり、多くの系統で断絶が生じました。野生型マウスでは、こうした繁殖能力の低下は認められなかったことから、Mutatorマウスの高い変異率は、後世代の個体の健康や繁殖能力に重大な悪影響を与えることが明らかになりました。

図3 Mutatorマウスで世代経過とともに生じた平均体重の減少と繁殖能力の低下
A.8週齢の雄の体重と継代された世代数の関係。B.1回の交配あたりで生まれる次世代の子供の生育数と継代世代数の関係。Mutatorマウス(赤色)では、世代経過とともに体重や繁殖能力が減少していることが分かる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

(1)生殖系列の変異が後世代の集団へのリスクとなることが示されました。
本研究によって、生殖系列の高い変異率が人類集団全体の将来にとって、重大なリスクになりうることが、初めて実験的に示されました。変異率がヒトの平均の約8倍まで増加するだけでも、重篤な影響が現れたことは、さらなる変異研究の必要性を示す結果だと考えられます。

(2)マウスを用いた高精度な生殖系列変異の解析系が構築されました。
マウスの生殖系列で発生する変異は頻度が低いため、直接、検出することは難しいと考えられていました。そのため、化合物や放射線等が生殖系列に及ぼす変異原作用を全ゲノムレベルで正確に測定することは困難でした。本研究で構築された高精度の変異検出系を利用することで、今後は、より正確で検出感度が高い変異原アッセイが実施可能になると考えられます。また、本研究により、野生型マウスで自然発生する変異率が既知となったため、サプリメントなどにも利用できる、抗変異原性物質(生殖系列での変異発生を抑制する物質)の開発も可能になると考えられます。

(3)ヒト疾患の新たな治療法の開発にもつながると期待されます。
Mutatorマウスの長期継代では、数多くの変異が蓄積され、実際にヒト疾患に関連する表現型異常も数多く得られました。ヒト疾患の多くは複数の遺伝的変異が積み重なった結果として発症すると考えられています。そのため、本法で新たに作出された疾患モデルマウスは、ヒトの病態に近い疾患モデルになると考えられ、ゲノム医療のための研究開発の基盤となる、新しい実験動物モデルになることが期待されます。

参考URL

大阪大学大学院生命機能研究科時空生物学講座心生物学研究室(八木研究室)
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/yagi/index.htm

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