眼球運動のわずかな異常から発達障害を早期に診断できる手法を開発

眼球運動のわずかな異常から発達障害を早期に診断できる手法を開発

子供の発達障害に対する適切なケアの実現へ

2015-5-28

本研究成果のポイント

・眼球運動の僅かな異常から脳の機能障害を早期に診断・評価する手法を開発
・発達障害の一つである注意欠陥多動性障害(ADHD)の子どもは、目の速い動き(サッカード眼球運動)を制御する脳機能に異常があることを発見
・外見的には判断しにくい疾病が早期に診断できることで、ADHDなどの発達障害への適切な治療法や適切なケアの実現に期待

リリース概要

大阪大学大学院医学系研究科社会医学講座(環境医学)の喜多村祐里准教授らの研究グループは、同生命機能研究科脳神経工学講座・視覚神経科学研究室の小林康准教授らの研究グループと共同で、大阪大学医学部附属病院小児科/子どものこころの分子統御機構研究センターにおいて、子どもでの精密な眼球運動計測を実現するための、非侵襲(生体を傷つけないような手技)でかつ操作性に優れた測定システムを開発しました。そして、これを用いた注意欠陥多動性障害(ADHD:Attention Deficit Hyperactivity Disorder)の子どもと定型発達児との比較対照実験において、ADHDの子どもは目の速い動き(サッカード眼球運動)を制御する脳機能に異常があることを発見しました。この結果は、ADHDの子どもが固視点を集中して凝視することが苦手な理由として、随意性に注視活動を保持する経路または機能に何らかの異常があることを示唆します。

今後は対象年齢をさらに広げ、成人や乳幼児にも適用できる診断ツールへの応用や、薬物・行動療法の有効性判定に利用可能な生体指標の確立に繋げることが期待されます。さらに、外見的にはなかなか判断されにくい疾病に対して、周囲の理解を促す意味においても、こういった生体計測による客観的かつ定量的な診断・評価手法の開発が社会に与える影響は大きく、今後さらに重要性が高まるものと思われます。

本研究成果は、2015年5月27日(水)14時(米国東部時間)に、米国科学誌「PLOS ONE」のオンライン版で公開されました。

研究の背景

注意欠陥多動性障害(ADHD)は不注意、衝動性および多動性などの症状を特徴とする発達障害の一つとされます。近年、診断基準の変更や成人ADHD治療薬の承認などの影響で有病率は急増していますが、学習障害など他の発達障害との鑑別が難しいことやいわゆる自閉症スペクトラムと呼ばれる疾患群との合併もあるため、客観的でかつ定量的な診断ツールの開発が求められてきました。一方、脳科学研究のめざましい進展によりヒトの目の様々な動きに関連する脳内の神経基盤もかなり解明されつつあります。

本研究では、サッカード眼球運動潜時の再現性が測定バイアスを最少限に抑え、被験者の負担も軽減される点に着目し、子どもでの精密な眼球運動計測を実現するための、非侵襲でかつ操作性に優れた測定システムを開発しました。

さらに、この測定システムを用いて、ADHDと診断された5歳から11歳までの患者37名で、注視点移動に伴う順行性サッカード運動とよばれる速い眼球運動の計測・解析を行い、ギャップ効果と言われ、固視点が一瞬消失することによって反応潜時が短くなる(即ち速くなる)現象を誘発する課題を行わせました。その結果、対照群の定型発達児(88名)に比べ統計学的に有意(p<0.01)なギャップ効果の減弱を認めました。つまり、強引にサッカード運動を速くしようとしても速くなりませんでした。さらに反応潜時を年齢別に比較してみると、ギャップあり/なしのいずれの課題においても、ADHDの子どもで有意な反応遅延がみられました。その結果、ADHDの子どもでは、脳内の眼球運動制御機構のうちで随意性に注視活動を保持したり、サッカード運動を起こしたりする経路または機能に何らかの異常があることが示唆されました。

眼球運動測定の様子。子どもの負担を軽減した診断ツールを使用

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

これまでに注意欠陥多動性障害(ADHD)においてギャップ効果の異常を明らかに示した研究は無く、臨床応用への期待とともに脳内の神経基盤における病態解明にも役立つものと思われます。

またADHDをはじめとする多くの発達障害では、その治療法が未だ確立しておらず、適切なケアもなされないままストレスを抱えて生活を続けることにより二次障害を併発するといったケースも少なくありません。外見的にはなかなか判断されにくい疾病に対して、周囲の理解を促す意味においても、こういった生体計測による客観的かつ定量的な診断・評価手法の開発が社会に与える影響は大きく、今後さらに重要性が高まるものと思われます。

今後対象年齢をさらに広げ、成人や乳幼児にも適用できる診断ツールへの応用や、薬物・行動療法の有効性判定に利用可能な生体指標の確立に繋げることが期待されます。

特記事項

本研究の成果は2015年5月27日(水)14時(米国東部時間)のPLOS ONEジャーナルに掲載されました。
PLOS ONEの報道解禁に関するガイドライン: http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/envi/index.html

参考URL