不育症や血栓症を引き起こす自己抗体の標的分子を解明
新たな診断薬・治療薬の開発に期待
概要
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター/微生物病研究所 荒瀬尚教授、神戸大学大学院医学研究科 谷村憲司講師らの研究グループは、不育症や血栓症を引き起こす抗リン脂質抗体症候群の原因である自己抗体の新たな認識機構と疾患発症メカニズムを解明しました。
本研究成果の意義、社会に与える影響
血栓症、不育症、妊娠合併症の中には抗リン脂質抗体症候群という自己免疫疾患によって引き起こされる疾患があります。抗リン脂質抗体症候群は、血清蛋白質に対する自己抗体が原因と考えられておりますが、自己抗体がどのように血清蛋白質を認識し、病気を引き起こすかは明らかでありませんでした。
本研究では、いままでペプチド抗原を提示すると考えられてきた主要組織適合抗原(MHC) に構造が変化した血清蛋白質(リポ蛋白質)が結合し、それが抗リン脂質抗体症候群の自己抗体の標的になっていることを解明しました。また、MHCと結合した血清蛋白質を解析することで、従来の臨床検査法と比べて、非常に感度よく抗リン脂質抗体症候群の自己抗体を検出できることがわかりました。さらに、MHCに結合した血清蛋白質を発現する細胞が自己抗体に障害されることから、この新たな自己抗体の認識機構が血栓症や不育症に関与していると考えられます(下図)。
他の自己免疫疾患でも同様なMHCに結合した蛋白質が発症に関与していると考えられ、本研究は不育症や血栓症を含めた多くの自己免疫疾患の治療薬や診断薬の開発に貢献すると期待されます。
血管に炎症がおこると血管内皮細胞に主要組織適合抗原(MHC)が発現し、構造が変化した血清蛋白質が結合します。その結果、構造が変化した血清蛋白質に自己抗体が結合するようになると、血管内皮細胞は傷害され、血栓症や不育症が引き起こされるという新たな病態メカニズムが明らかになりました。
特記事項
本研究成果は、米国の血液学会誌『Blood』、米国東部時間3月2日正午(日本時間3月3日午前2時)にオンライン掲載されました。また、本研究は、大阪大学、神戸大学、北海道大学、九州大学、京都大学、カリフォルニア大学との共同で行ったものです。
研究の詳細な説明
1.背景
抗リン脂質抗体症候群は、抗リン脂質抗体注 を有する患者が、脳、肺、下肢などの血管に血栓症、妊娠することが出来ても何度も流産を繰り返す不育症や妊娠高血圧症候群、子宮内胎児発育不全などの妊娠合併症を発症する自己免疫疾患です。抗リン脂質抗体といっても、その標的抗原は、リン脂質ではなく、リン脂質に結合した蛋白質であることが知られています。その代表的なリン脂質結合蛋白がβ2-グリコプロテインⅠです。しかし、この蛋白質は抗リン脂質抗体症候群患者にのみ認められるものではなく、健康な人の血液中にも存在し、全身を循環しています。それでは、何故、誰しもがβ2-グリコプロテインⅠを持っているのに、全ての人がこの病気に罹らないのか?同じ抗リン脂質抗体を持っているのに、血栓症を発症する人、妊娠合併症を発症する人というように患者ごとに違った症状を起こすのは何故か?については明らかではありません。また、抗リン脂質症候群と診断するためには、抗リン脂質抗体を検出することが必須です。この自己抗体の検出には、従来、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA法)が用いられますが、日常の臨床の現場では、この疾患を強く疑わせる症状が存在するにも関わらず、抗リン脂質抗体が検出されないために診断できない患者に遭遇することがよくあります。
一方、細胞内では正常蛋白質ばかりでなく、うまく折りたためられなかった変性蛋白質も常に作られています。そのような変性蛋白質は速やかに分解されてしまい細胞外に運ばれることはありません。ところが、これまでの我々の研究によって、細胞内の変性蛋白質が自己免疫疾患に感受性の主要組織適合抗原と会合すると、変性蛋白質が主要組織適合抗原によって細胞外に輸送され、それが異物として自己抗体の標的になることが明らかになってきました。実際に、関節リウマチ患者の血液中に主要組織適合抗原によって輸送された変性蛋白質を認識する自己抗体が高頻度に存在します。従って、この自己免疫疾患の発症に関わる新しいメカニズムが関節リウマチ以外の自己免疫疾患にも関与していることが考えられ、抗リン脂質抗体症候群において主要組織適合抗原の機能解析を進めました。
2.研究の手法と成果
主要組織適合抗原クラスIIが抗リン脂質抗体症候群患者の自己抗体のβ2-グリコプロテインⅠの認識に関わっているかを調べるために、ヒトβ2-グリコプロテインⅠ遺伝子と共にヒト主要組織適合抗原クラスIIをヒト細胞に遺伝子導入しました。β2-グリコプロテインⅠは分泌蛋白なので、細胞表面にとどまることはありません。ところが、主要組織適合抗原が存在すると、β2-グリコプロテインⅠが主要組織適合抗原と結合して細胞表面に出現することが分かりました。さらに、β2-グリコプロテインⅠと主要組織適合抗原の複合体は抗リン脂質抗体症候群患者血液中の自己抗体に認識されることが判明しました (図1) 。さらに、抗リン脂質抗体症候群と診断するためには、抗カルジオリピン抗体、抗β2-グリコプロテインⅠ抗体、ループスアンチコアグラントという検査のうち、少なくとも一つが陽性となる必要があります。今回、抗リン脂質抗体症候群患者の血液中に私たちが発見した新しい自己抗体があるかを調べてみると、抗カルジオリピン抗体や抗β2-グリコプロテインⅠ抗体では陽性とならなかった患者の約50%で、新しい自己抗体が陽性になりました (図2) 。したがって、この新しい概念の自己抗体を使うと、効率よく抗リン脂質抗体症候群が診断出来る可能性が示されました。ひょっとすると、症状はあるのに、検査で陽性とならないために抗リン脂質抗体症候群と診断出来なかった患者さんが、β2-グリコプロテインⅠと主要組織適合抗原の複合体に対する抗体を調べることによって診断可能になるかもしれません。
次に、β2-グリコプロテインⅠ/主要組織適合抗原 複合体が抗リン脂質抗体症候群で流産してしまった初期の胎盤組織に存在するかをPLA法 で解析しました。その結果、β2-グリコプロテインⅠ/主要組織適合抗原 複合体が患者の脱落膜(胎盤のうちで母親の子宮内膜に由来する部分)の血管内皮細胞に存在することが判明しました (図3) 。従って、この複合体が抗リン脂質抗体症候群患者の脱落膜の血管内皮細胞で産生され、自己抗体の標的になって障害されることで流産してしまうと考えられました。
また、多くの自己免疫疾患の感受性(病気の罹りやすさ)は主要組織適合抗原クラスIIの型(アリル)によって決まることが知られています。例えば、HLA-DR4やHLA-DR7というアレルを持っている人は、抗リン脂質抗体症候群に罹りやすいことが知られています。しかし、何故、主要組織適合抗原クラスIIアリルによって病気の罹りやすさが違うのか?は不明でした。
そこで、β2-グリコプロテインⅠと色々なアリルの主要組織適合抗原クラスIIとの複合体に対する自己抗体の結合性を調べました。その結果、抗リン脂質抗体症候群に罹りやすいアリルであるHLA-DR4とHLA-DR7は、他のアリルよりも効率的にβ2-グリコプロテインⅠを細胞表面に輸送するだけでなく、β2-グリコプロテインⅠとHLA-DR4もしくは、HLA-DR7の複合体は、他のアリルとの複合体よりもはるかに患者の自己抗体と結合しやすいことが判明しました。この結果は、HLA-DR4とHLA-DR7のアリルを持つ人が何故、この病気になりやすいか?の謎を解くカギになるかもしれません。
最後に、抗リン脂質抗体患者の自己抗体が、β2-グリコプロテインⅠと主要組織適合抗原の複合体を発現した細胞を障害するかを調べました。抗リン脂質抗体症候群に罹りやすいHLA-DR7とβ2-グリコプロテインⅠの複合体を発現した細胞は、患者の自己抗体によって補体(抗体や免疫細胞と力を合わせて、異常な細胞をやっつける働きをする蛋白質)が存在する条件下で障害されました (図4) 。過去の研究で、抗リン脂質抗体症候群の血栓形成や流産の発症に補体が関係していることが分かっており、私たちの実験結果は、このことにも良く合致していました。
炎症などにより、血管内皮細胞などの細胞表面に主要組織抗原クラスIIが表れることが知られています。抗リン脂質抗体症候群に罹りやすい主要組織適合抗原を持っているヒトは、炎症によって血管内皮細胞表面に主要組織抗原クラスIIがβ2-グリコプロテインⅠと結合した形で発現すると、自己抗体に攻撃されます。従って、主要組織適合抗原細胞が脳、肺、下肢の血管に発現すれば血栓症を起こし、胎盤の血管に発現すれば不育症を引き起こと思われます。
3.今後の期待
本研究により、構造が変化したβ2-グリコプロテインⅠと主要組織適合抗原との分子複合体が自己抗体の標的として、抗リン脂質抗体症候の発症に関わっていることが明らかになりました。他の自己免疫疾患においても同様に構造が変化した変性蛋白質と主要組織適合抗原との複合体が自己抗体の標的になっていると思われます。また、変性蛋白質/主要組織適合抗原 複合体に特異的な自己抗体が産生されることから、主要組織適合抗原と変性蛋白質蛋白質 複合体は自己抗体の検出にも有用であり、自己免疫疾患の診断にも役立ちます。今後、なぜ自己免疫疾患で変性蛋白質/主要組織適合抗原 複合体が産生されるかの研究を進めることによって、自己免疫疾患のより詳細な発症機序の解明が期待されます。また、自己免疫疾患で変性蛋白質/主要組織適合抗原 複合体を阻害する薬剤を開発することによって、新たな自己免疫疾患の治療薬の開発も期待できます。
参考図
図1 抗リン脂質抗体症候群の自己抗体は 主要組織適合抗原(HLA-DR7)と結合した血清蛋白質(β2GPI)を認識する。
図2 抗リン脂質抗体症候群の80%以上の患者において 主要組織適合抗原(HLA-DR7)と結合した血清蛋白質(β2GPI)を認識する自己抗体が検出され、従来の臨床検査方法とくらべても陽性率が格段に高い。
図3 抗リン脂質抗体症候群で流産した患者さんの脱落膜には 主要組織適合抗原(HLA-DR)と結合した血清蛋白質(β2GPI)の複合体がProximity ligation assay(PLA)にて認められる。
図4 抗リン脂質抗体症候群の自己抗体は 主要組織適合抗原(HLA-DR)と結合した血清蛋白質(β2GPI)を発現した細胞を傷害する。
参考URL
用語説明
- 抗リン脂質抗体
その名称とは異なり、リン脂質自体を認識する抗体ではなく、リン脂質の結合蛋白を認識する自己抗体であることが明らかになっている。リン脂質結合蛋白の主なものは、β2-グリコプロテインIである。抗リン脂質抗体のうちで抗カルジオリピン抗体や抗β2-グリコプロテインI抗体は、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA法)によって測定され、それぞれ、リン脂質であるカルジオリピンか、γ線照射により酸化処理したプレートに結合することで構造変化を起したβ2-グリコプロテインIと結合する自己抗体を検出するものである。しかし、生体内で、どのようにβ2-グリコプロテインIが自己抗体の認識に必要な構造変化を起しているかは明らかではない。
- 主要組織適合抗原
主要組織適合抗原(Major Histocompatibility Complex, MHC; Human Leukocyte Antigen, HLA):
主要組織抗原は非常に多様性に富む分子であり、基本的に全てのヒトが異なる主要組織適合抗原を持っている。T細胞にペプチド抗原を提示することで、免疫応答の中心を担っている分子である。クラスIとクラスIIがあり、クラスIIはヘルパーT細胞に抗原を提示することで、抗体産生に関与していると考えられている。ヒトのクラスIIはHLA-DRとも呼ばれています。一方、主要組織適合抗原は、以前より自己免疫疾患の発症に最も関与した分子であることが知られており、最近の全ゲノム解析によっても、主要組織抗原が最も強く自己免疫疾患の感受性に関与した遺伝子であることが確認された。しかし、なぜ特定の主要組織適合抗原を持っていると特定の自己免疫疾患になりやすいかは、以前として明らかになっていませんでした。
- PLA法
PLA法 (Proximity Ligation Assay):
組織や細胞内での分子間相互作用を検出する方法。40nm以下の分子間の近接を検出することができる。