オフィスチェアが議論をチェック

オフィスチェアが議論をチェック

議論の盛り上がりを客観的に分析できる椅子型デバイス

2014-9-24

本研究成果のポイント

■見た目・座り心地など一般的なオフィスチェアと同様の椅子型デバイス
■着座者の重心位置・重量データをリアルタイムに分析する
■議論参加者全員のデータを分析することで議論が盛り上がっているかどうかを時系列ごとに評価できる
■椅子を中心に据えた新しいIT環境を生み出し、様々な用途への応用が期待できる

リリース概要

大阪大学 大学院情報科学研究科 伊藤雄一招へい准教授らの研究グループは、東北大学 電気通信研究所 高嶋和毅助教、大阪経済大学 人間科学部 藤原健講師らとの共同研究で、会議などの議論の場において、参加者が椅子に座る際の重心位置と重量変化を解析し、議論参加者同士のジェスチャや体動の周波数の一致度など対人社会心理学の分野における、いわゆる「同調傾向」を算出することで、その議論がどれくらい盛り上がっているのかを解析し判定する椅子型(オフィスチェア型)のデバイス(SenseChair)を開発しました。

このデバイスを用いれば会議や講演などで全体を通して盛り上がったかどうかだけではなく、時系列ごとにいつ盛り上がったのかを客観的指標として分析することが可能となります。つまり、会議や講演の良し悪しだけではなく、会議でどの意見が出た時に場が盛り上がったのか、講演でどの話をした時に盛り上がったのかを分析できるようになります。また、このような議論の状況を取得できれば、評価だけではなく、コンピュータから議論に対して様々な情報を提示するなどの支援を実施することも可能となります。

このように、本デバイスはオフィスワークとは切り離すことのできない椅子を中心に据えた新しいIT環境を生み出すものであり、様々な用途への応用(教育支援、医療カウンセリング、商品開発モニタリングなど)が考えられます。

研究の背景

さまざまなセンサを用いて人の状況や状態を判断し、様々な支援を行うアンビエントインタフェースの技術が進歩しつつあります。伊藤らの研究グループではこの技術をさらに発展させ、人が日常生活を送る中で無意識のうちにコンピュータの恩恵を受けることができる環境、すなわち日常生活に寄り添うコンピュータを用いた無意識コンピューティング環境の実現を目指し研究を進めています。近年では時計型やメガネ型のウェアラブルデバイスを用いて生体センシングを行い、健康管理に役立てる研究や商品なども開発されつつありますが、デバイスを充電したり装着したりする手間による継続性、また装着を意識してしまうことによる無意識性の担保が難しいという側面があります。伊藤らの研究グループでは非装着かつ無意識に人の状況をセンシングすることに注力し、これまでもコミュニケーション支援のための部屋型装置などを開発してきました。今回の椅子型デバイスSenseChairは座るだけで無意識にその状況がセンシングされるもので、これまでにも、着座時の癖を用いて着座者を判別する(誰が座ったかを判別する)研究、どのような姿勢で着座しているかを識別する研究、着座者の眠気レベルを推定する研究などを実施しています。これらの研究は着座者個人の着座状態に焦点を当てたものであるのに対し、今回の発表は椅子型デバイスを複数人で複数脚用い、そこから得られるデータから複数人で構成される環境の状況を解析する方向の研究となります。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

これまで客観的に評価が難しかった盛り上がりを評価する手法を確立し、その評価を用いて様々な分野に応用していくことが可能であると考えられます。例えば会議の議事録はこれまで誰がいつどのような発言をしたかは記録されていますが、その発言が他の参加者にどのように受け入れられたのか、どのような影響を持つ発言だったのかを評価する術はありませんでした。本提案技術を用いれば、議事録に時系列で盛り上がりのデータを付与でき、全体を通してみればその会議自体の評価が、時系列で見れば発言や議論自体の評価が可能となります。また、教育分野では、たとえば授業において、教員の話がどれくらい生徒に理解されているのかなどの評価も可能になると考えられます。一方、評価だけではなく、その評価をリアルタイムに実施し、それに応じたコンピュータによる支援環境を構築することも可能になります。前述の会議のシーンにおいては、議論が停滞したとコンピュータが判断した際に、議論の種になるような画像を提示したり、議長に明示的に議論の転換を呼びかけたりするようなことが可能になると考えられます。このように、本提案手法は椅子型デバイスを中心に据えた新たなIT環境の構築、マーケットの創造が可能であると考えられ、我が国の産業に大きな影響を与ることが期待されます。

本研究成果の詳細

これまで、コミュニケーション支援のために様々に実施されてきた研究の中で、討論中の会話者の身体同調傾向(Synchrony)を測定し、討論の末に生み出された発想の量と質(Creativity)と比較して、会話中の身体同調傾向と議論の内容との相関を調べる研究があり、身体同調傾向の測定による議論の質の評価が可能なシステムの実現可能性を示しています。伊藤らの研究グループは身体同調傾向を、これまで開発を進めてきた椅子型デバイスSenseChairを複数脚用いて測定することに取り組みました。

SenseChairは座面に複数の圧力センサを組み込み、着座位置の重心と重量を100Hzで測定でき、そのデータをBluetoothでコンピュータに送信することができる椅子型デバイスです。その見た目および座り心地は一般的なオフィスチェアと全く変わりありません (図1) 。

伊藤らの研究グループはこのSenseChairを 図4 のように3脚用いて、3人1組のグループを2組用意し、あるテーマに対して議論させデータを取得しました。議論のテーマは「10分間でレンガの使い方をできるだけ挙げよ」というもので、社会心理学において個人やグループの議論の創造性を評価するオーソドックスな議題です。議論の様子はSenseChairによって得られたデータに加え、その存在を知らせていないカメラによっても記録されました。同調傾向の取得のために参加者全員の重心位置および重量データを周波数解析し、周波数ごとのパワースペクトルを取得し、それぞれ重ね合わせ処理を実施しました。その結果が 図3 に示す2つの図(上下でそれぞれの組)です。横軸が議論の時間、縦軸が周波数帯を示しており、白が濃いほど3人の体動が同調していることを示しています。このデータと、3人がアイデアを出した瞬間とを重ねると、白の帯とその瞬間が重なり、アイデアが出た瞬間に参加者が同じような周波数の体動を発生させていることがわかりました。さらに実験後のアンケートで一番面白いと感じたアイデアをいくつか挙げさせたところ、3人が共通して一番面白いと挙げたアイデアが出た瞬間が一番濃い帯( 図3 上のグループでは400秒付近、下のグループでは550秒付近)が見られた瞬間と一致するとの結果が得られました。また、同調傾向が多く見られたグループ、すなわち白の帯の面積が広いグループは「議論で意思疎通が図れていた」と回答しており、体動の同調傾向と議論の時系列的、全体的それぞれの盛り上がりに関連があることを示しました。一方で、SenseChairでは86%ほどの精度で着座時の頷き、足組み、背もたれにもたれるなどの着座状況を取得できるため、周波数解析にこれらの着座状況を加えることで、ポジティブな同調なのか、ネガティブな同調なのかを判断できることも考えられます。今後、さらに実験参加者数を増やし、盛り上がりモデルを構築し、オフィス家具メーカーなどと共同で実用化を図る予定です。

特記事項

本件は、電子情報通信学会ヒューマンコミュニケーション基礎研究会にて8月23日に発表されたものです。なお、椅子型デバイスを用いた議論の評価手法については特許出願中です。

参考図

図1 開発したオフィスチェア型のデバイス SenseChair

図2 デバイスの構成

図3 2組(各組3名)の議論により得られた同調傾向(白の帯が濃いほど参加者が同調している)

図4 実験環境の様子

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