学習能力の発達を調節するタンパク質を発見!

学習能力の発達を調節するタンパク質を発見!

成長期でのはたらきが、おとなの脳機能を左右する

2014-8-22

リリース概要

私たちの脳には、1000億以上の神経細胞(ニューロン)があります。これらは互いに突起(神経突起)を延ばして結びつくことによりネットワーク(神経回路)を作り出し、記憶、学習、思考、判断、言語といった高いレベルの機能(高次機能)を果たしています。このような神経回路は成長期にさかんに作られ、おとなになってからの脳のはたらきを支えていると考えられています。ただし、そこにどのようなしくみが存在し、どのような分子が関与するのかといったことは、よくわかっていません。

今回、国立遺伝学研究所 形質遺伝研究部門(総合研究大学院大学 生命科学研究科教授兼任)の岩里琢治教授、理化学研究所 脳科学総合研究センターの糸原重美シニアチームリーダー、大阪大学大学院 連合小児発達学研究科の橋本亮太准教授らのチームは「αキメリン」というタンパク質に注目し、このタンパク質が脳の機能にどのような影響を与えているかを調べました。αキメリンにはα1型(α1キメリン)とα2型(α2キメリン)がありますが、それらの遺伝子をさまざまに改変したマウスを作り、行動実験を行ったのです。その結果まず、両方のタイプのαキメリンがまったくはたらかないマウスは、正常マウスの20倍も活発に活動することがわかりました。次に、このマウスはおとなになってからの学習能力が高いことが明らかになりました。α1型だけをはたらかなくしたマウスや、おとなになってから両方のタイプがはたらかないマウスの学習は正常であったことから、学習能力には、成長期におけるα2キメリンのはたらきが鍵であることもわかりました (図1) 。

一方で、健康な人を対象に「αキメリン遺伝子のタイプ(多型:SNPs)」と人格や能力などとの関係を調べました。すると、α2キメリン遺伝子のすぐ近くにある「ある塩基」が「特定の型」の人では、性格や気質に一定の傾向がみられ、計算能力が高いことが明らかになりました。

一連の結果は、αキメリンが「活動量、学習機能といった幅広い脳機能の制御を担っていること」、「成長期でのはたらきが、おとなになってからの学習機能に影響すること」、「ヒトにおいて、脳機能の個人差に関与すること」などを示唆しており、ヒトの学習障害や精神疾患との関連の検証、これらの病気のメカニズム解明などに役立つと期待できます。

研究の詳細

岩里教授と糸原シニアチームリーダーらは、「左右の手足をそろえて歩く」というユニークな表現型を示す突然変異マウス「mfy(ミッフィー)変異マウス」を発見し、その原因がαキメリンの欠損であることを報告していました(Iwasato et al., Cell 2007)。このとき、αキメリンがニューロンとニューロンの結合部位(シナプス)において、細胞骨格の維持に抑制的にはたらくタンパク質の仲間であることから、脳の高次機能との関連に興味がもたれました。

αキメリンは、さらにα1型とα2型に分けられます。正常マウスの脳において、成長期(生後2?3週間ごろまで)にはα2型が強く発現し、おとなではα1型が強く発現します。今回の研究では、これらを全身でノックアウトしたマウスとともに、海馬を含む脳の一部でのみノックアウトしたマウス、おとなになってからノックアウトしたマウスなど複数タイプ作製しました。

歩行パターンの異常だけでなく、過活動、学習能力の向上も

まず、全身でαキメリン(α1型およびα2型)をノックアウトしたマウスを観察したところ、異常な歩行パターンで、常にケージを走り回っているような状態でした。そこで、マウスの活動量を1週間にわたって詳細にモニターしてみると、夜も昼も正常マウスの20倍も動いていることがわかりました。このことは、αキメリンに動物の活動量を調節する機能があることを示しています。

また、このマウスは、海馬に依存する「文脈型学習」の機能も向上していました。マウスなどの動物は、ある音とともに電気ショックなどで恐怖反応を誘発させる実験を行うと、同じ音を聞かせただけで(電気ショックがないにもかかわらず)恐怖反応を示すようになります。このような学習を「手がかり型学習」といいます。一方、音を聞かせなくても、同じ実験用ケージに入れただけで恐怖反応を示すようになる学習もあり、こちらを「文脈型学習」といいます。文脈型学習は手がかり型学習と異なって海馬のはたらきを必要とします。

成長期のα2キメリンが学習能力を調節

海馬を含む脳の一部でのみノックアウトしたマウス、α1とα2を別々にノックアウトしたマウス、さらに、成長期には遺伝子をオンにしておき、おとなになったらオフにするマウスなど、さまざまな種類のマウスを作りました。このような複数のタイプのノックアウトマウスが成長したところで、さまざまな行動実験を行いました。実験の結果、α1とα2の両方、およびα2のみを全身でノックアウトしたマウスでは、歩行パターンの異常、活動量の上昇、学習能力の向上のすべてが見られましたが、α1のみノックアウトした場合には、これらはすべて普通のままでした。また、海馬を含む脳の一部のみにおいて、α1とα2の両方、あるいはα2のみをノックアウトした場合には、歩行や活動量は普通になり、学習能力だけが向上しました。さらに、おとなになってからα1とα2の両方、あるいはα2のみをノックアウトした場合は、いずれも学習能力の向上が見られませんでした (図2) 。

一連の結果は、αキメリンが学習などの高次機能の調節に関与していること、とくに成長期におけるα2型のはたらきが、おとなになってからの学習能力を左右していることを強く示しています。ただし、学習能力は高ければよいというものではなく、今回の結果は「適度であること」が生存に有利であることを示しているのかもしれません。

健常人の脳機能の個人差にも関与

さらに、橋本准教授らは、健康な人を対象に脳の機能とαキメリン遺伝子のタイプとの関連について調べました。被験者にさまざまなテストを受けてもらい、その成績とαキメリン遺伝子多型(一塩基多型:SNPs)の関係を解析したのです。すると、α2キメリン遺伝子のごく近傍の遺伝子発現を制御していると考えられる領域にある「特定の一塩基」が「別の塩基」に置き換わった人では、性格や気質に一定の傾向がみられ、加えて計算能力も高い傾向にあることがわかりました。このことは、α2キメリンが、ヒトの脳機能の個人差と関係していることを示唆しています。

今後の期待

今回の研究により、αキメリンがマウスやヒトの高次脳機能の調節に重要な役割を果たすことが、初めて明らかになりました。とくに、成長期にα2型がはたらくことが、おとなになってからの学習能力に影響すると示された点は、極めてインパクトの大きい成果です。さらなる研究により、自閉症スペクトラムなど発達障害のメカニズム解明や健常な子どもの脳の発達の理解が進むと期待されます。

研究体制と支援

今回の研究は、国立遺伝学研究所 形質遺伝研究部門の岩田亮平研究員(元 総研大大学院生)が中心となり、国立遺伝学研究所 形質遺伝研究部門 岩里琢治研究室、理化学研究所脳科学総合研究センター 行動遺伝学技術開発チーム、大阪大学大学院医学系研究科 情報統合医学講座精神医学教室との共同研究で行われました。

また、この研究は、科学研究費補助金、FIRST、国立遺伝学研究所共同研究(A,B)、三菱財団、上原記念生命科学財団、内藤記念科学振興財団、山田科学振興財団、包括脳ネットワークの支援により行われました。

参考図

図1 α2キメリンは子どもの脳で働いて、間接的に、おとなの脳での学習能力を適切なレベルに合わせる。学習能力は神経回路の性能によって左右されるが、α2キメリンは回路がつくられるときに働いて、その性能を決める過程に関わっていると考えられる。

図2 αキメリンの多様なノックアウトマウスを作製して、おとなのマウスでの学習能力をシステマティックに解析した。その結果、こどもの時期から海馬などでα2型のαキメリン(α2キメリン)をノックアウトすれば、おとなになってからの学習能力(文脈型学習の成績)がよくなることがわかった。一方、α1型(α1キメリン)をノックアウトしたり、おとなになってからα2キメリンをノックアウトしても学習能力の向上はみられなかった。この行動実験では、学習能力が高ければ「すくみ反応」が高くなる。

参考URL

大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室分子精神医学研究グループ
http://www.sp-web.sakura.ne.jp/lab/index.html
・大阪大学・浜松医科大学・金沢大学・千葉大学・福井大学連合小児発達学研究科
子どものこころの分子統御機構研究センター
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/kokoro/top.htm
大阪大学大学院医学系研究科情報統合医学講座精神医学教室
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/psy/www/jp/index.html