傷ついたDNAを修復する細胞の能力を可視化!

傷ついたDNAを修復する細胞の能力を可視化!

日本人の発生頻度が高い色素性乾皮症の診断法への発展に期待

2014-7-4

研究成果のポイント

・DNAは絶えず傷付いているがすべての生物はそれを修復する機構をもっている。
・紫外線損傷DNAに対する修復系が働かない遺伝性疾患があり、特に、色素性乾皮症 (日光にあたると皮膚がんを多発する疾患)は日本人の発生頻度が高いという研究報告がある。
・細胞の紫外線損傷DNAが修復される仕組みを蛍光で検出する方法を開発した。
・今後、被検者の負担が少ない簡便な遺伝性疾患検査法となりうる。

リリース概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の岩井成憲教授、倉岡功准教授らの研究グループは、紫外線により傷付いたDNAに対して働くヌクレオチド除去修復 を蛍光で検出するためのプローブを開発し、細胞のヌクレオチド除去修復能を可視化することに成功しました。色素性乾皮症と呼ばれる遺伝性疾患ではこの修復系が機能せず皮膚がんを多発するため早期の診断が必要ですが、この研究は被検者の負担が少ない簡便な検査法の確立につながることが期待されます。

研究の背景

DNAやその損傷に関する予備知識

DNAは遺伝情報を保持し伝える分子ですが、それ自体の不安定性や外的要因により化学反応を受け化学構造が変化することがあります。その結果、突然変異 と呼ばれる遺伝情報の変化が起こり、細胞の死やがん化につながります。突然変異を引き起こすDNAの化学反応はDNA損傷と呼ばれますが、すべての生物はそれを修復する機構を有しています。

紫外線や発がん物質による損傷はヌクレオチド除去修復(NER) により修復されます。この修復系では、損傷の認識、損傷を含むDNA断片の切り出し、1本鎖部分でのDNA合成とつなぎ合わせの各段階が多種類のタンパク質により連続的に行われます (図1) 。

しかし、NERに関与するタンパク質のいずれかが機能しない遺伝性の疾患が知られており、代表的なものとして日光に当たると皮膚がんを多発する色素性乾皮症(XP) があります。

その発生頻度は日本人で高く22,000人に1人という研究報告があり、早期の診断が必要です。現在用いられている検査法では、被検者の皮膚を少し切り取って細胞を培養し、その細胞に紫外線を照射して不定期DNA合成が調べられます。 図1 のDNAポリメラーゼによるDNA合成でヌクレオチド(DNAの構成単位)がどの程度取り込まれるかを、放射線を使って調べるわけです。

今回の研究成果

本研究グループは損傷DNAの化学合成法の開発とその応用に関する研究を行ってきましたが、今回、NERを蛍光で検出するためのプローブ を開発し、細胞のNERの能力を可視化することに成功しました。このプローブは、紫外線損傷の一つでNERの良い基質となる(6-4)光産物 、蛍光色素であるフルオレセイン、消光剤であるダブシルを同じ鎖に有する2本鎖の環状DNAで、NERにより損傷を含むDNA断片が切り出されると、それが細胞中のヌクレアーゼ(核酸分解酵素)で分解され蛍光色素が消光剤から離れて蛍光を発するという原理です (図2) 。このようなプローブDNAを作製し、ヒトの培養細胞に入れて蛍光顕微鏡で観察するとプローブ中に(6-4)光産物がある場合にのみ (図3左) 、XP患者の培養細胞(NER - 細胞)とその細胞で機能していないタンパク質を遺伝子導入により補充した細胞(NER + 細胞)に入れた場合にはNER活性に依存して (図3右) 、蛍光が検出されました。なお、蛍光が検出されない場合でもプローブが細胞に入っていることは、別途開発したトランスフェクションレポーター により確認しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究で開発したプローブは市販の導入試薬を用いて細胞に入れるだけでNERを直接検出することができるため、XPを診断するための簡便な検査法になりうると考えています。また、白血球細胞を用いることができれば皮膚を切り取らなくても採血で検査することができるため、被検者の負担を大幅に軽減することが可能となります。また、従来法では細胞に紫外線を照射するため脂質の酸化などの副反応が紫外線損傷DNAの修復に影響する可能性がありますが、本方法ではNERによる損傷除去のみを直接観察できるため、DNA修復機構の解明など生物学の研究に対する貢献も期待されます。

特記事項

本研究成果は、英国時間7月4日(金)10:00(日本時間4日(金)18:00)に英国の電子ジャーナル「Scientific Reports」で公開されます。

なお、本研究は神戸大学大学院医学研究科の錦織千佳子教授、神戸大学バイオシグナル研究センターの菅澤薫教授との共同研究です。

参考図

図1 ヌクレオチド除去修復(NER)

図2 NERを検出するためのプローブと検出の原理

図3 NERが正常な細胞(左)とXP細胞(右)でのNERの検出(NER+は遺伝子導入によりNERを回復させた)

参考URL

大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻機能物質化学領域 生体機能化学グループ
http://www.bio.chem.es.osaka-u.ac.jp/

用語説明

色素性乾皮症

色素性乾皮症(Xeroderma Pigmentosum: XP):

紫外線損傷の修復に必要なタンパク質の機能不全により起こる常染色体劣性遺伝疾患。光線過敏症の1種であり、高頻度で皮膚がんを生じる。NERが働かないA-G群と、紫外線損傷乗り越えDNA合成が欠損しているV群に分類され、A群やD群では神経症状を伴う。日本は発生頻度が高く(アメリカの約10倍)、日本人にはA群とV群が多い。早期の診断が必要で、XPと診断された場合にはサンスクリーンや眼鏡、衣装により完全に遮光しなければならない。

ヌクレオチド除去修復

ヌクレオチド除去修復(Nucleotide Excision Repair: NER):

紫外線損傷や発がん物質の付加に対して働くDNA修復機構。図1のように、損傷が認識されて約30ヌクレオチド(ヌクレオチドはDNAの構成単位)の長さのDNA鎖が切り出された後、1本鎖部分でDNA合成が起こることにより正常なDNAに戻される。

プローブ

本来は傷や穴の深さを調べる探針のことであるが、一般的に何かの検出や定量に使う物質をプローブと呼ぶ。分子生物学では、DNAやRNAの検出に放射性同位元素や蛍光色素で標識したDNA断片を用いることが多い。本研究においては「センサー」と読み替えてもよい。

突然変異

DNAが複製される際にDNAポリメラーゼが元とは違う塩基をもつヌクレオチドをつなぐことによって起こる遺伝情報の変化。細胞はすべての遺伝情報をもっており、細胞分裂の前にDNAポリメラーゼという酵素によってDNAがコピーされる。この酵素は2本鎖DNAのそれぞれの鎖を鋳型とし、塩基対形成(DNAは4種類の塩基を有しておりその並び方が遺伝情報であるが、アデニンとチミン、グアニンとシトシンが特異的に対を作ることにより2本鎖となる)に従ってDNAの構成単位であるヌクレオチドを一つずつつなぎ合わせる。DNAポリメラーゼには校正機能があるため通常は正確に複製されるが、損傷塩基は化学構造の変化により本来の塩基対を形成できず突然変異を起こしやすい。

(6-4)光産物

二つのピリミジン塩基(チミン、シトシン)が架橋した構造をもつ紫外線損傷塩基。正式名称はピリミジン(6-4)ピリミドン光産物であり、高頻度で突然変異を引き起こす。本研究グループは、以前にこの損傷を有するDNAの化学合成法を開発した。

トランスフェクションレポーター

細胞を使った実験でプローブからの蛍光が検出されなかった場合、その細胞は本当にポジティブな結果を与えないのか、あるいは単に細胞へのプローブの導入が失敗だったのかがわからない。そこで前者であることを確認する目的で、発光波長の異なる蛍光色素(本研究ではCy5)と消光剤を末端に付けた短いヘアピン型DNAをプローブと混ぜて細胞に導入した。細胞中ではこの蛍光色素の付根が切断されるので、導入が成功していればその蛍光は必ず検出される。