アルツハイマー病など、認知症の記憶障害のメカニズム解明に光

アルツハイマー病など、認知症の記憶障害のメカニズム解明に光

アセチルコリン受容体が長期記憶の想起に必須であることを実証

2014-4-9

リリース概要

大阪大学大学院医学系研究科・生命機能研究科の相馬祥吾(日本学術振興会特別研究員)、末松尚史(日本学術振興会特別研究員)、七五三木聡(准教授)の研究チームは、認知症と脳内アセチルコリン の関係を明らかにするために、私たちが日頃行っている認知行動に似せた課題として、道具操作や課題の手続きの記憶を必要とする認知行動課題をラットに学習させ、その後1ヶ月間継続して課題を毎日訓練した後に、アセチルコリンのムスカリン性受容体 の阻害薬の効果を検討しました。すると、薬物により課題遂行に関わる長期記憶がまったく思い出せなくなること、また、時間とともに薬の効果が弱まると学習過程をなぞるように学習した順番で部分的な記憶が想起することを発見しました。観察された想起障害は、ヒトの認知症で観察される「よく知っていた人や物がわからなくなる失認」や「これまでできていた合目的的行為ができなくなる失行」と良く対応しており、本研究は、ムスカリン性受容体が機能しないだけで、これらの認知機能障害が起こりうることを、世界で初めて動物実験で実証しました。これにより、アルツハイマー病などの認知症の中核症状である記憶の想起障害のメカニズムの解明およびその治療薬の開発につながることが期待できます。

研究の背景

加齢やアルツハイマー病に伴う認知機能低下が脳内のアセチルコリンの機能障害と関係するというコリン作動性仮説(コリン仮説) が約30年前に提唱され、多くの検証がなされてきました。ドネペジル(アセチルコリン分解酵素の阻害薬)により脳内のアセチルコリン濃度を上昇させると認知機能が改善することが多数報告されています。しかし、薬の効果には大きな個人差があり、また、認知症の症状を軽減したり進行を遅延させるものの根本治療できる薬は現在でも開発されていないのが実情です。そのもっとも大きな理由は、認知症が進行性で症状の原因が変化していくこと、人によって障害される脳部位や機能が異なること、その結果として認知症のメカニズムが十分に解明されていないことが上げられます。問題解決のためには認知症の動物モデルの確立とそのメカニズムの解明が不可欠です。そこで、本研究は、ラットにアセチルコリンのムスカリン性受容体阻害薬を投与し、脳組織自体は正常で脳内のアセチルコリン機能のみが障害される動物モデルを作成したところ、十分に訓練された認知行動であっても記憶の想起が障害されることを見出しました。ヒトの認知症の中核症状は、これまでの日常生活の中で実際にできていた認知行動ができなくなることであり、脳内のアセチルコリン機能障害のみでそれらが説明できることが明らかになりました。

図 ムスカリン性アセチルコリン受容体が活性化されないと長期記憶を想起して認知行動を起こすことができなくなる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本成果として、脳内のアセチルコリン機能の障害により生じる記憶の想起障害の動物モデルが確立されたことにより、アセチルコリンが長期記憶の想起に関わるメカニズム(どの脳領域のどのような機能に関与するのか)の解明が大きく前進し、認知症の症状に応じた治療薬や治療法の開発につながることが期待できます。

特記事項

本研究成果は2014年4月8日(火)(英国時間)にオンライン科学雑誌「Frontiers in Aging Neuroscience」で公開されました。

参考URL

用語説明

アセチルコリン

アセチルコリンは神経伝達物質の一種で、アセチルコリン受容体を介して神経細胞に作用し、神経活動を促進あるいは抑制する。特に、脳の前脳基底部にあるコリン作動性神経は大脳皮質の広範な領域に投射し、感覚・認知、運動、記憶・学習など様々な高次脳機能に関与することが知られている。

ムスカリン性受容体

アセチルコリン受容体は大きく2種類の受容体が区別されている。その一つがムスカリン性受容体で、GTP結合蛋白質に共役した代謝型受容体として生化学的変化を引き起こし、これをきっかけとした細胞内情報伝達機構により細胞機能を調節する。もう一つのニコチン性受容体は、受容体そのものが陽イオンを選択的に透過するイオンチャネルであり、流入したイオンにより細胞内情報伝達が開始する。

コリン仮説

1982年にWhitehouseらがアルツハイマー型認知症患者の脳では、大脳皮質コリン神経の起始核であるMeynert核で大型神経細胞の脱落が顕著であることを報告し、これらの臨床結果に基づいてBartusらが提唱した脳内コリン作動性神経の機能低下そのものが最も本質的な病態であるとする仮説。