ドーナツビームと揺らぎの効果でナノ粒子の高均一化と配列に成功

ドーナツビームと揺らぎの効果でナノ粒子の高均一化と配列に成功

医薬品の分離抽出、光エネルギー変換の革新に期待

2013-10-25

リリース概要

大阪府立大学21世紀科学研究機構の飯田琢也 テニュア・トラック講師と大阪大学大学院基礎工学研究科の伊都将司助教らのチームは、光合成アンテナ の進化の過程から着想を得て、円環型の強度分布を持つ特殊なレーザー光である「ドーナツビーム」 を照射することで金属ナノ粒子 の水溶液からの均一な形の粒子だけを取り出し、円環状に並べることに成功しました。この成果は薬の材料となるナノ物質の分離抽出や、高効率に光を捕集するナノ粒子を太陽電池の表面に配列するなど医薬品開発・光エネルギー変換の革新につながると期待されます。

生物は外部刺激と環境からの「揺らぎ」 の下で進化し、その刺激に対して最適な応答システムを構築してきています。例えば、ある種の光合成細菌中の光アンテナは色素分子が円環状に並んだ構造をしており生息地によって様々な色彩を持ちますが、その光吸収帯は外部刺激としての太陽光の波長分布や熱揺らぎの大きさに依存して変化することが知られています。

今回、研究グループは光が物質に及ぼす力である「光誘起力」 を外部刺激とみなし、揺らぎの効果が顕著な常温の水中に分散した銀ナノ粒子にレーザー光を照射して配列させることを試みました。特に、光誘起力を発生させるための光源として、円環状光合成アンテナと類似した強度分布のドーナツビームに着目しました。このドーナツビームを様々な形状の銀ナノ粒子を含む分散液に照射すると、長波長の光に対しては細長い銀ナノ粒子が、短波長の光に対しては球状のナノ粒子が選択的に抽出され、さらには向きを揃えて基板に円環状に集積する条件を解明しました。

研究概要

背景

植物は太陽光のエネルギーを高効率に捕集して化学反応エネルギーに変換し、生命維持に必要な物質を生成しています。例えば、高山、低山地、水中など生息地によって太陽光の波長帯(スペクトル)が異なるため、それに最適化するように光吸収帯を変化させ多様な色彩を示しています。最近、古代から生息する光合成細菌中で光捕集機能を担う「光合成アンテナ」の構造解析が進み、色素分子が円環状に配列して様々な方向の偏光を有する太陽光を高効率に捕集して、1個の光子をほぼ100%の効率で1個の電子に変換できることが分かって来ました。このような光合成アンテナの選択的進化のプロセスで、外部刺激としての太陽光と環境揺らぎの効果が重要な役割を果たしたと推測されます( 図1 )。

一方、レーザー光が物質に与える「光誘起力」を利用すれば、常温(約25℃)の液体という「揺らぎ」の効果が顕著な環境下でも、ミクロン以下の物体を操作できます。また、当グループでは金属ナノ粒子間の距離が接近した場合に直線偏光を照射すると、偏光と同方向の引力が発生し、偏光に平行に粒子を並べられることを理論的に予言していました。特に、金属ナノ粒子の光吸収が効率良く起こる波長(共鳴波長)のピークよりもずっと長波長のレーザー光を照射した場合でも、偏光に平行方向に粒子同士が接近して共鳴波長が照射光の波長に近づくため、効率良く光誘起力が発生します。この機構に注目すれば、光合成アンテナの空間パターンに似たドーナツビームによる光誘起力を用いて、非生物の金属ナノ粒子でも照射光に対して最適な応答を示すシステムを選択的に構築できるのではとの着想の下で研究を行いました。

研究手法

本研究では硝酸銀水溶液から還元法で作成した銀ナノ粒子の水溶液に、倒立型顕微鏡の高倍率の対物レンズで強く絞った赤外の波長域(1064 nm)かつ放射状の偏光分布を持つドーナツビームをスライドガラス上に下方から照射しました( 図2 上中央)。さらに、光誘起力と揺らぎの効果によりナノ粒子がどのような配列に並ぶかを評価できる、当グループ独自の理論手法を用いて実験結果の解析を行い、現象を解明しました。

研究成果

結果として、もともとの銀ナノ粒子は白色光を当てると青色の光散乱を示していたにも関わらず( 図2 左下)、ドーナツビームで集積した銀ナノ粒子は橙色の円環状の光散乱を示すことが分かりました( 図2 右上)。集積した銀ナノ粒子を電子顕微鏡で観察すると、驚くべきことに元々の水溶液中には少数しかいなかった細長いロッド状の形の粒子(銀ナノロッド)が多数存在していることが分かりました。比較実験として660nmの短波長のドーナツビームを用いた場合には球形に比較的近い銀ナノ粒子が集積していることが分かり、照射光の波長によって全く異なる形状の粒子を選択的に円環状に配列できることが分かりました。 図2 で紹介した結果では、光軸に対して偏光方向が放射状のドーナツビームを用いましたが、銀ナノロッドも放射状に集積することが分かりました。次に光散乱の色が変わった原因についても分光実験で調べました( 図3 上)。その結果、 図2 に示した元々の銀ナノ粒子溶液の400nmの紫外の波長域にピークを持つ光吸収スペクトルとは全く異なり、800nm以上の赤外の波長域にピーク現れることが分かりました。さらに、理論計算により銀ナノロッドが確かに放射状の偏光方向に配列することや、前述の偏光と同方向の引力で2個から3個程度が連なって捕捉されることが分かり( 図2 右下の赤矢印)、配列構造の共鳴波長がドーナツビームの波長である1064nmに近づく様子も再現できました( 図3 下)。これは、光誘起力と揺らぎの効果で、照射したビームに対して最適な光応答を示す非生物ナノ粒子の集合体が構築できることを示す重要な結果と言えます。

なお、本研究は、揺らぎの下でのナノ光科学を専門とする理論グループ(飯田琢也テニュア・トラック講師、田村守氏、日高慎平氏、服部祐徳氏)、超高速レーザー分光による光物理化学を専門とする実験グループ(伊都将司助教、山内宏昭博士、宮坂博教授)、ナノ構造体の構築と分析化学を専門とする実験グループ(床波志保テニュア・トラック講師、濱田大地氏、西田敬亮氏)、および表面増強ラマン分光を専門とする実験グループ(伊藤民武博士)の共同研究により実施したものです。

今後への期待

ナノ粒子のサイズ・形状・配列を制御する技術は、様々な研究分野や産業界で広く必要とされており、上記の医薬品開発や太陽光利用以外にも、遺伝子検査やアレルギー物質検出などに役立つ光バイオセンサー用の金属ナノ粒子や触媒用ナノ粒子の特性制御など多彩な用途に使えると期待されます。本研究では、主に水中の銀ナノ粒子を対象としましたが、金ナノ粒子などの異種の金属ナノ粒子が混在した場合にその種類の選別、半導体や有機高分子からなるナノ粒子・生体分子の集合体の分離分析にも適用可能と考えています。今後、ドーナツビームの波面制御や複数ビームの発生により、さらに高精度かつ高効率なナノ粒子の選別・配列が可能となれば、高純度の医薬品開発、人工光アンテナの開発などに繋がる他、光物理、分析化学、触媒化学など幅広い基礎科学の分野にもブレークスルーがもたらされることと期待されます。

特記事項

本研究は、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業さきがけ研究「物質と光作用領域」(研究総括:筒井哲夫 九州大学名誉教授)の課題である「デザインされた光場によるナノ複合体の力学制御」(研究代表者: 飯田琢也 大阪府立大学21世紀科学研究機構テニュア・トラック講師)および「光-分子間の力学作用によるナノ化学反応場の創製」(研究代表者: 伊都将司 大阪大学大学院基礎工学研究科助教)の下でスタートしました。

また、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(B)「光誘起力による動的バイオセンサー及び光熱変換材料の創成」(研究代表者:飯田琢也 大阪府立大学21世紀科学研究機構テニュア・トラック講師)、若手研究(A)「超高精度3次元分子追跡法を用いた凝縮系ナノ空間反応ダイナミクスの単一分子解析」(研究代表者:伊都将司 大阪大学大学院基礎工学研究科助教)、挑戦的萌芽研究「金属ナノ粒子複合体の光機能デザインと超高感度センサ応用」(研究代表者:床波志保 大阪府立大学21世紀科学研究機構テニュア・トラック講師)、および文部科学省 テニュア・トラック普及・定着事業「地域の大学からナノ科学・材料人材育成拠点」プログラム(大阪府立大学)、その他の支援を受けて完成しました。

参考図

図1 光合成アンテナの進化の過程から得たアイデア

図2 ドーナツビームに依る銀ナノ粒子の形状選別及び円環状構造の作製に成功

図3 実験結果とシミュレーションの比較

図4 ドーナツビームで高均一化した銀ナノロッドを円環状に配列して集積するイメージ( 図2 の実験系をデザインした図)

参考URL

大阪大学大学院基礎工学研究科 物質創成専攻 未来物質領域 構造揺らぎダイナミクスグループ
http://www.laser.chem.es.osaka-u.ac.jp/

用語説明

光合成アンテナ

植物などが光合成に必要な光を捕集するためのユニットであり、特に紅色硫黄細菌などの光合成細菌の内部には直径10nm程度の円環状の光合成アンテナが2次元面内に密に並んだ構造をしている。

ドーナツビーム

液晶板に電気的な変調をかけてその空間パターンを設計すると、通常の直線偏光のレーザー光を光軸に対して放射方向や回転方向に振動する特殊な偏光を持ったビームに変換できます。この時、光軸がちょうど特異点となるため光電場が打ち消し合い、光軸に垂直な断面でドーナツ状の強度分布を持つ「ドーナツビーム」を発生させることができます。

金属ナノ粒子

典型的には金属を100nm以下のサイズの粒子にしたものです。特にアスペクト比の大きな細長いロッド状の形のものを「金属ナノロッド」と呼ぶこともあります。金属がナノサイズ(ここでは、100nm以下の大きさの物質を指す。1nm=100万分の1mm)になると電子の波が表面に強く束縛されます。この束縛効果により、金属光沢を示す目に見えるサイズの結晶の金属とは異なり、特定の共鳴波長を持つようになります。このような表面に束縛された電子状態を「局在表面プラズモン」と呼びます。局在表面プラズモンの共鳴波長は金属ナノ粒子のサイズや形、粒子間の相互作用に応じて敏感に変化します。このため、例えば、400~500nmに共鳴波長を有する銀のナノ粒子の溶液は、サイズに応じて共鳴波長の補色(紫色~青色)である橙色~黄色に変化します。最近では、この性質を太陽電池や光バイオセンサーの増感に利用する試みが盛んに行われています。

揺らぎ

ナノ粒子を含むマイクロメートル以下の微小物体が水などの液体に分散している場合に、我々が生活しているような常温の環境下では周りの媒質分子が不規則に動き回り微小物体に衝突します。この時、微小物体は不規則に撃力を受けてランダムに動き回ります。このような微小物体の位置の不規則な変化をここでは「揺らぎ」と呼びます。関連した現象として、ブラウン運動が有名です。

光誘起力

光が物質に及ぼす力の総称。直進するレーザー光を物質に照射すれば押す力を与え、強度が不均一なレーザー光を用いれば条件によって強度の高い部分に引き寄せて物質を捕まえることができ、光ピンセットと呼ばれる技術に利用されています。前者は、光散乱や光吸収などのエネルギー散逸を伴う過程で、光の運動量が物質に乗り移った時に生じる力で散逸力と呼ばれます。一方、後者は光の電磁波の性質による力で電磁気学的なポテンシャル勾配により生じる力として理解できます。この他、物質間の距離が光の波長以下になると照射する光の偏光や波長に応じて引力・斥力が切り替わる「物質間光誘起力」が得られることが最近の我々の理論研究で示されています。