ヒトiPS細胞由来肝幹前駆細胞の大量増幅に成功

ヒトiPS細胞由来肝幹前駆細胞の大量増幅に成功

大量の肝細胞が必要な再生医療や創薬研究の実現に向けて

2013-10-4

リリース概要

大阪大学大学院薬学研究科と独立行政法人医薬基盤研究所の水口裕之教授(医薬基盤研究所招聘プロジェクトリーダー併任)らの研究グループは、ヒトiPS細胞由来肝幹前駆細胞(肝細胞への分化の前段階の細胞)を安定に維持・増幅する技術開発に成功しました。

ヒト肝細胞は再生医療(細胞治療)や創薬研究に必須ですが、安定供給が困難であり、ヒトiPS細胞由来分化誘導肝細胞の利用に期待が持たれています。今回の研究成果によって、より安価に大量のヒトiPS細胞由来分化誘導肝細胞を供給できる技術基盤が整いました。肝細胞移植や再生医療への応用への基盤技術の確立が飛躍的に進むと期待されます。

研究の背景

肝硬変などの慢性肝不全・急性肝不全・遺伝性肝疾患の根治的治療法として肝細胞移植が効果的であることが知られています。肝細胞移植は肝臓移植より侵襲性が少なく、安全性の面で優れていますが、1人の患者に対して大量の細胞を必要とするため、ドナーの絶対的不足が問題となっています。また、医薬品候補化合物の開発中止に至る主要な原因は「肝毒性」にあるといわれています。医薬品開発研究過程でヒト初代培養(凍結)肝細胞を用いた毒性評価が行われていますが、ヒト初代培養(凍結)肝細胞は均一ロットの安定供給が困難であるという問題を抱えています。そこで、肝細胞の新たな供給源として、ヒトiPS細胞が注目されています。我々はこれまでに、ヒト肝細胞と同等の薬物代謝酵素の遺伝子発現量を有するヒトiPS細胞由来分化誘導肝細胞の作製に成功しています。

しかしながら、肝細胞移植等の再生医療への応用や創薬への応用を行うには、分化誘導肝細胞を大量に準備する必要がありますが、ヒトiPS細胞から肝細胞への分化には長い時間(3週間以上)を要することや、分化誘導した成熟肝細胞は増殖能が低いことから、大量の成熟肝細胞を調製することは困難です。

一方、成熟肝細胞の前駆体である肝幹前駆細胞は高い増殖能を持ち、短期間で肝細胞へと分化できるため、肝幹前駆細胞を増殖する技術が開発されれば、肝幹前駆細胞から肝細胞への分化誘導技術と組み合わせることによって、大量の肝細胞の供給が可能になります( 図1 )。しかしながら、ヒトiPS細胞由来肝幹前駆細胞を、肝幹前駆細胞としての性質を保持させたまま、維持・増幅させる技術はこれまで開発されていません。

このような背景のもと、今回我々は、ヒトiPS細胞由来肝幹前駆細胞を、細胞外マトリックスの構成成分であるラミニン111上で培養することで、細胞数にして最高1010倍の増幅を、肝幹前駆細胞としての性質を保持したまま可能な技術開発に成功しました( 図2 )。肝幹前駆細胞は、肝細胞と胆管上皮細胞への2方向性への分化能を有した細胞ですが、増幅した肝幹前駆細胞が成熟肝細胞のマーカーを発現する細胞や、胆管細胞のマーカーを発現する細胞に誘導できることを確認しました。さらに、継代を重ねた肝幹前駆細胞を、肝障害を起こした免疫不全マウスに移植することでマウス血中にヒトアルブミンが認められ、in vivoにおいても機能することを確認しました。このような技術開発により、より安価に大量のヒトiPS細胞由来分化誘導肝細胞を供給できる技術基盤が整ったといえます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

ヒトiPS細胞由来分化誘導肝細胞は肝細胞移植や再生医療への応用だけでなく、創薬研究で医薬品候補化合物の肝毒性を評価するための細胞ソースとしても需要が大きくなっています。肝幹前駆細胞から肝細胞への分化は1ステップで行えることから、本研究で肝細胞への分化の前段階である肝幹前駆細胞の段階で、大量の細胞増幅が可能となったことは、ヒトiPS細胞由来分化誘導肝細胞の今後の実用化、コスト削減を図る上で極めて意義深い成果です。今後は、増幅した肝幹前駆細胞から分化させた肝細胞を用いて薬物の毒性評価系への応用を進めるとともに、肝幹前駆細胞の増幅条件を細胞医療に適した方法(血清や異種動物成分を含まない条件)に改良することで、肝細胞移植や再生医療への応用への基盤技術の確立が望めます。

特記事項

Takayama K., Nagamoto Y., Mimura N., Tashiro K., Sakurai F., Tachibana M., Hayakawa T., Kawabata K., Mizuguchi H.
Long-term self-renewal of human ES/iPS-derived hepatoblast-like cells on human Laminin 111-coated dishes.
Stem Cell Reports 10月3日掲載予定 (12:00 Noon - Eastern Time (U.S.))

本成果は、主に以下の事業によって得られました。
・厚生労働科学研究費補助金
・独立行政法人科学技術振興機構「再生医療実現拠点ネットワークプログラム 技術開発個別課題」

参考図

図1 ヒトiPS細胞から肝細胞への分化誘導と、肝幹前駆細胞の増幅
ヒトiPS細胞は、内胚葉、肝幹前駆細胞を経由して肝細胞に分化する。我々は肝幹前駆細胞の増幅に成功し、大量の供給が可能になった。

図2 ヒトES細胞やiPS細胞由来の肝幹前駆細胞はラミニン111上で15継代以上、細胞数にして約10 10 倍増幅できる

参考URL

大阪大学大学院薬学研究科 分子生物学分野
https://sites.google.com/site/bunshiseibutugaku/