「情けは人の為ならず」を科学的に実証

「情けは人の為ならず」を科学的に実証

親切が広く交換される仕組みを幼児の日常生活で初めて確認

2013-8-8社会科学系

リリース概要

大阪大学大学院人間科学研究科の清水真由子特任研究員、大西賢治助教らの研究グループは、ヒトにおいて親切が広く交換されるための仕組み(社会間接互恵性)が5―6歳齢の幼児の日常生活で働いていることを世界で初めて確認しました。幼児は、ある幼児が他児に親切にしているのを観察した直後に、他児に親切にしていた幼児に対して選択的に親切にしていました (図1) 。このことから、幼児が第三者間のやり取りを観察して他者の親切さを評価していること、親切を行う幼児は後にまわりの児から親切にしてもらいやすく、自分が親切にした分をまわりの児から返してもらっていることが明らかになりました。

ある個体が利他行動(他者に親切にする行動)を行った結果、その個体の評価が高まり、他者に行った利他行動が回り回って別の他者から返ってくる仕組みは社会間接互恵性と呼ばれ、この仕組みが成立するためには集団の成員が第三者間のやり取りの情報からある他者を評価し、後にその他者に対して利他的に振る舞うかどうかを決定することが重要になってきます。まさに「情けは人の為ならず」ということわざ通りの仕組みです。これまでの理論研究や実験場面での研究からヒトの利他行動のやり取りに社会間接互恵性が成立している可能性が指摘されてきましたが、本研究では、新たな観察方法を採用することで、幼児期から日常生活の中で社会間接互恵性が働いている証拠を初めて示しました。

研究の背景と内容

ヒトは日常生活で困っている他人を見ると、たとえそれが自分の知らない人であっても助けてあげたい衝動にかられ、多くの場合何らかの親切を行う性質を持っています。このようなヒトの利他性は動物界の中でも大変特異的で、どのような仕組みによって広範囲に及ぶ親切の交換が維持されているのかは大きな謎とされてきました。この謎を説明するために提唱されたのが、社会間接互恵性と呼ばれる仕組みです。社会間接互恵性は、ある個体が利他行動を行った結果その個体の評価が高まり、他者に行った利他行動が回り回って別の第三者から返ってくる仕組みの事です (図1) 。この仕組みは、集団の成員が第三者間のやり取りの情報からある他者を評価し、後にその他者に対して利他的に振る舞うかどうかを決定することによって維持されています。これはまさに「情けは人の為ならず」ということわざが表す内容と同じことです。これまでに、利他性を調べるゲームや、物語を聞いて登場人物に資源を分配する実験などからヒトの利他行動のやり取りに社会間接互恵性が働いている可能性が指摘されていました。しかし、この仕組みが日常生活でも働いているのかはデータの取得が難しいことなどの理由から示されていませんでした。

そこで本研究グループは、幼児が日常生活の中で他児に対して社会間接互恵的に振る舞うのかを検討するために、大阪府下の保育園で5-6歳齢児を対象として日常生活での幼児同士の利他行動のやり取りのデータを収集しました。幼児が他児に親切をした児を見た後に、その親切な幼児に対してより親切に振る舞うようになるのかを厳密に検討するため、以下のような特殊な手法を用いて観察を行いました。

まず、追跡観察をする児(親切児、 図1 中のB)を12名選びます。それらの児が他児(受け手、 図1 中のC)に利他行動(具体的には、他児を手伝ってあげる行動や、他児にものを貸してあげる行動)を行った瞬間から10分間の観察を行い、その場面を「親切行動後場面」とします (図2) 。親切行動後場面が始まった瞬間に親切児の周囲1m以内にいた児(受け手以外)からランダムに選んだ1名を親切行動観察児( 図1 中のA)とし、親切児が受け手に親切にするのを観察していた児としてこの児の行動を観察しました。その後、親切行動後場面の10分間に親切行動観察児が親切児に向けて行った利他行動を記録しました。また、親切行動観察児が親切児に対して行った親和行動も記録しました。この親和行動とは、体に触ったり、肯定的な内容で話しかけたり、自分の持っている物を見せたりする行動のことで、「相手と仲良くしたい」、「相手を好ましく思っている」ときによく起こる行動とされています。さらに親切行動後場面とは別に、後日、親切児のすぐ近くに同じ親切行動観察児がいるのを発見した瞬間から10分間同様の観察を行い、普段場面としました (図2) 。

親切行動後場面と普段場面でそれぞれどのくらいの利他行動、親和行動がみられるかを比べると、親切行動後場面において普段場面よりも高い頻度で利他行動、親和行動が起こっていました (図3) 。

親切行動観察児は親切児が受け手に利他行動を行ったのを見た直後に、普段よりも高い頻度で親切児に対して利他行動を行っていました。この効果は「親切児が普段受ける利他行動の頻度」や「親切児と親切行動観察児の仲の良さ」などを考慮して分析しても消えませんでした。このことから5-6歳齢児は、日常生活の中で間接互恵的な行動傾向を示していることが確認されました。

また、親切行動観察児は、親切児が親切な行動をしているのを見た後に、利他行動だけでなく親和行動も普段より頻繁に行っていました。このことから、幼児が第三者間のやり取りから他者を評価する際には、その他者と仲良くしたい、その他者を好ましく思うという単純な感情が重要な役割を果たしている可能性が示唆されました。

本研究から、間接互恵性の成立にとって重要な行動傾向が、幼児期から日常生活で発揮されていることが明らかになりました。この結果は、ヒトの利他性の進化がどのようにして起きたのかを明らかにする上で重要な知見となります。

本研究が示した「他者間のやり取りから他者の評価を形成し、親切な者にはより親切に振る舞う」という傾向は、社会間接互恵性の成立にとって最も重要なルールです。しかし、これ以外にも、他者に親切にしない者には親切にしない(もしくは罰を与える)というルールなど、いくつかの重要なルールが理論研究から指摘されています。今後は実験を併用しながらこれらのルールが幼児の日常生活で働いているのかを検討していく予定です。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

近年、ヒトの進化において、高度な利他性が重要な役割を果たしたと考えられています。幼児の日常生活において社会間接互恵性の一端が実際に働いていることを示した本研究の知見は、ヒトの利他性の進化に社会間接互恵性の仕組みが重要な役割を果たした可能性を示唆するものです。これは「ヒトとは何なのか」、「ヒトはどのように進化してきたのか」を考える上で大変重要な知見となります。

ヒトの強い利他性は、個体間の葛藤を和らげ、仲間とうまくやっていくために備わった心の機能です。つまり、ヒトの利他性の特徴を明らかにすることは、ヒトの社会で起きる様々なレベルの葛藤の顕在化を防ぎ、葛藤をうまく収束させるための鍵になると考えられます。今後、本研究の知見からさらに社会間接互恵性の研究が進み、ヒトがどのような仕組みに従って利他行動を行うのかが解明されれば、ヒトの利他性が発揮されやすい状況とそうでない状況が明確になってきます。これらの条件が明らかになれば、利他行動のネットワークそのものであるボランティア・コミュニティなどを構築、維持する上で示唆に富む基礎情報になると考えられます。また、将来的には実社会で制度やサービスを設計する際に、どこにポイントを置けば参加者や消費者の利他性が発揮されやすく、制度やサービスが維持されやすいかなどが分かってくる可能性があります。

特記事項(論文掲載情報)

Kato-Shimizu Mayuko*, Onishi Kenji*, Kanazawa Tadahiro, Hinobayashi Toshihiko.
Preschool children’s behavioral tendency toward social indirect reciprocity.
PLOS ONE (2013)
*MK and KO contributed equally to this paper.
[DOI] 10.1371/journal.pone.0070915
[URL] http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0070915

参考図

図1 ヒト幼児における社会間接互恵性
「親切児(B)」が「受け手(C)」に親切を行ったのを観察した「親切行動観察児(A)」が、後に「親切児(B)」に親切に振る舞っています。

図2 親切行動後場面と普段場面

図3 親切行動後場面と普段場面における親切行動観察児から親切児への利他行動と親和行動の頻度
図中のピンクの棒は親切行動後場面における行動観察児から親切児への行動、紫の棒は普段場面の同様の行動を表します。両場面を比較すると、利他行動と親和行動の両方が親切行動後場面で多いことがわかります。

参考URL

大阪大学 大学院人間科学研究科 行動生態学講座 比較発達心理学研究分野
http://hiko.hus.osaka-u.ac.jp/