多剤排出タンパク質の阻害剤結合構造決定に初めて成功

多剤排出タンパク質の阻害剤結合構造決定に初めて成功

大きな社会問題となっている多剤耐性菌感染症克服に手がかり

2013-7-1

リリース概要

大阪大学産業科学研究所の山口明人特任教授らは、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業CRESTの一環として、緑膿菌および大腸菌の主な多剤排出タンパク質の阻害剤との結合構造の決定に初めて成功しました。多剤排出タンパク質とその阻害剤の選択的な結合構造を明らかにすることによって、社会的に大きな問題となっている多剤耐性緑膿菌感染症を克服するための治療薬開発に道を開きました。

成果のポイント

◆抗生物質の発達で克服されたと思われた細菌感染症が、多剤耐性菌の登場で大いなる脅威となっている。

◆中でも多剤耐性のある緑膿菌には有効な治療薬が全く存在せず、その主原因は薬物を異物として排出するタンパク質(多剤排出タンパク質)にあります。

◆今回、緑膿菌・大腸菌の多剤排出タンパク質の阻害剤との結合構造決定に世界で初めて成功し、臨床的に有効な多剤耐性感染症治療薬開発への道を開きました。

研究の背景

細菌が薬物に対する耐性を獲得する主な原因である多剤(異物)排出タンパク質は生物の細胞膜上に広く存在し、細胞の生体防御を担うもっとも基礎的な装置ですが、病原細菌などの細胞膜上にこのタンパク質が増えてしまうと、抗生物質などの薬剤が細胞外に排出され、多剤耐性を引き起こします。これまでに、多剤排出タンパク質の阻害剤開発に多くの努力が傾けられましたが、未だに臨床的に有効な阻害剤が得られていません。大腸菌の多剤排出タンパク質AcrBを阻害するピリドピリミジン誘導体ABI-PPは、緑膿菌の多剤排出タンパク質MexBの特異的阻害剤ですが、多剤耐性緑膿菌のもう一つの有力な原因である多剤排出タンパク質MexYを全く阻害できないため、多剤耐性緑膿菌感染症の治療薬として使用できませんでした。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、多剤排出タンパク質の阻害剤結合部位の構造を元に、AcrB, MexBのみならずMexYにも広く阻害する多剤耐性感染症治療薬をタンパク質立体構造情報に基づく薬剤設計SBDD(Structure-Based Drug Design)の手法によって分子設計する道が開かれ多剤耐性緑膿菌感染症に有効な初めての治療薬の開発が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2013年6月30日(英国時間午後6時、日本時間7月1日午前2時)に英国科学誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」
(研究総括:田中啓二(東京都医学総合研究所 所長)
研究課題名:「異物排出輸送の構造的基盤解明と阻害剤の開発」
研究代表者:山口明人(大阪大学 産業科学研究所 特任教授)
研究期間:平成24年10月~現在(平成30年3月終了予定)

JSTはこの領域で、先端的ライフサイエンス領域と構造生物学との融合によりライフサイエンスの革新につながる「構造生命科学」と先端基盤技術の創出 を目指します。

上記研究課題では、世界で初めて異物排出タンパク質の構造を決定するなど、この分野の研究で世界をリードしてきた実績を元に、タンパク質複合体である排出マシナリー全体像の完全構造解析を目的とするとともに、異分野研究グループとの連携により、異物認識・排出機構の動態解析や異物排出タンパク質群に対するユニバーサル阻害剤の開発を目指しています。

参考図

左図 MexB3量体の主鎖ストリングモデル。
緑、青、赤はそれぞれ待機、結合、排出モノマー。構造中に見える橙色の網目は結合している阻害剤ABI-PP由来の電子雲。

右図 ABI-PP結合部位の拡大図。
タンパク質は表面構造カットモデル。ABI-PPがスティックモデルで表示されている。黒は切断面。赤と白で見えているのは分子内チャネルの表面。赤は疎水的、白は親水的な表面。中央を左右に基質透過チャネルがあり、その途中に疎水性の狭い溝がある。ABI-PPは分子の一部がその狭い溝にすっぽりとはまり込み、親水性の部分を透過チャネルの方に突き出している。

参考URL

大阪大学 産業科学研究所 生体防御学研究分野
http://www.sanken.osaka-u.ac.jp/jp/organization/srp/srp_03_02.html