2回らせんの右巻き・左巻きの選択機構の解明とその制御に成功

2回らせんの右巻き・左巻きの選択機構の解明とその制御に成功

左右変換可能なキラル材料、医薬品の開発へ

2013-5-9

リリース概要

大阪大学産業科学研究所の宮田幹二招へい教授、同大学院工学研究科の藤内謙光准教授・久木一朗助教・佐々木俊之氏(博士後期課程3年)、愛媛大学理学研究科の佐藤久子教授、産業技術総合研究所の都築誠二上級主任研究員らの研究グループは共同で、キラル なアミンとアキラル なカルボン酸から成る数多くの有機塩 結晶の単結晶X線構造解析を通して、結晶中の水素結合2回らせん の右巻きと左巻きの選択機構を解明し、その制御に成功しました。このようならせんの左右の制御は医薬品の開発だけでなく、円偏光 を利用した3Dディスプレイなどの光学デバイスへの応用が期待されます。

本研究成果は2013年4月30日(ロンドン時間)に英国Nature Publishing GroupのNature Communicationsのオンライン速報版で公開されました。

研究の背景

キラリティー (図1) は、自然界における最も根本的な性質の一つであり、様々な分野で利用されています。例えば、人の体はキラルな分子であるたんぱく質からできているため、外部から取り込む分子のキラリティーを認識して異なった応答を示します。これは医薬品の開発において非常に重要な現象です。また、キラリティーを持つ発光性分子から得られる円偏光は、3Dディスプレイの光源としての応用が期待されています。右手型と左手型分子の作り分けは、これらの応用において必須の技術であり、その重要性は、野依良治先生が不斉触媒 の開発によりノーベル化学賞を受賞されたことからもわかります。また、近年のナノテクノロジーの発展により、単分子のキラリティーだけでなく、分子が非共有結合により複数集合した超構造のキラリティー「超分子キラリティー」も注目を集めています。多くの場合、超分子キラリティーはその超構造の構成成分である分子のキラリティーに依存して、一方のキラリティーに偏ることが知られています。しかし、非共有結合の特性である可逆性、距離や角度の自由度といった柔軟性から、外部刺激によって左右が反転した超構造が形成されることもあります。この左右反転の機構は未だ未解明の点が多く、特に結晶中での左右の制御は困難でした。これは超構造を利用したキラル産業の発展において、早急に解決すべき大きな問題となっています。

研究成果の内容

本研究は、世界で初めて有機結晶の大部分が持つ2回らせんのキラリティーを結晶学 的手法および分光学 的手法によって示し、その左右選択機構の解明を通してアキラル成分によるらせんの左右制御を達成しました。このことにより、これまで多くの結晶において無視されてきた2回らせんのキラリティーの適切な評価と制御が可能となり、そのキラリティーを利用した応用へつながります。

世界有数の結晶構造データベースであるCambridge Structural Database(2012年1月)によると、登録されている約60万個の結晶構造の7割以上が2回らせんというキラルな超構造を形成することがわかっています。そこで我々は、2回らせんの左右の選択機構を解明することで、分子キラリティーと超分子キラリティーのつながりが明らかになり、らせんのキラリティー制御につながると考えました。しかしながら従来の結晶学では、2回らせんは右巻き・左巻きの区別ができないため、分子の集合様式に基づくキラリティーの評価が困難となっていました。すなわち、多くの結晶においてキラリティーが適切に評価されていませんでした。

宮田招へい教授らの研究グループではこれまでに、2回らせんの左右を定義するため、「超分子傾斜キラリティー法」 (図2(a)) を提唱し、この方法に基づいて、様々な有機分子からなる結晶の構造評価を行ってきました。今回、この手法をキラルアミンとアキラルカルボン酸の組み合わせからなる有機塩に適用し、2回らせんの左右の巻きを区別するとともに両者のわずかな違いを見出しました。これにより、水素結合により形成された2回らせんの左右選択には、水素結合形成部位であるカルボキシル基のねじれ角(θ d )が重要であることを明らかにしました (図2(b)) 。このねじれ角は、カルボキシル基の隣にメチル基などの置換基を導入することで容易に制御できます。このように、アミンのキラリティーを変化させることなく簡便に2回らせんの左右を制御する手法を確立しました。さらに、その左右の反転現象は固体赤外円偏光二色性 スペクトル測定によっても確認することができ、結晶の分光学的特性が分子のキラリティーだけでなく超分子らせんのキラリティーに大きく依存していることが明らかとなりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究により、同一のキラリティーを持つ分子を用いていても、その集合体であるらせんのキラリティーを簡便に制御できることが示されました。この結果は、天然物由来で一方のキラリティーしか得られなかった分子の利用の可能性を広げるなど、今後の発展が期待されます。例えば、らせんの左右反転現象を利用することで、左右変換可能なキラル材料の開発が可能となります。具体的には、一方のキラリティーを持つ分子を用いて、条件に応じて左右どちらか一方のキラル分子を選択して合成することができる触媒の創成が期待されます。これにより、従来よりも安価に目的のキラリティーを持つ分子の合成が可能となり、医薬品をはじめとしたキラル産業のさらなる発展が期待されます。

特記事項

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

研究代表者 宮田幹二(大阪大学産業科学研究所招へい教授)
独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(A))
研究課題名「自己組織化制御に基づいたユビキタス元素による超分子発光素子の創製」
独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(B))
研究課題名「超分子複合体の凝集変換に基づいた多元的複合センシングデバイスの創製」
独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究)
研究課題名「外部刺激で構造と機能を可逆的にスイッチできるπ共役超分子ナノファイバーの創成」

研究代表者 藤内謙光(大阪大学大学院工学研究科准教授)
独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金(新学術領域研究「配位プログラム」)
研究課題名「機能性多孔質超構造体の特殊ナノ空間を利用した外場応答性光電素子への応用展開」

研究代表者 久木一朗(大阪大学大学院工学研究科助教)
高輝度光科学研究センター2012B SPring-8共用ビームライン利用研究課題(一般課題)(2012B1324)
研究課題名「機能性有機材料開発のための、明確な幾何構造をもつパイ共役炭素系の超分子構造体の構築と構造解析(II)」

研究代表者 佐々木俊之(大阪大学 大学院工学研究科博士後期課程3年)
高輝度光科学研究センター2012A萌芽的研究支援課題(2012A1570)
研究課題名「有機結晶中での芳香族カルボン酸のコンフォメーション制御による水素結合性2回らせんの右巻き・左巻きの作り分けおよび集積制御と放射光X線回折によるハイスループット構造評価」

発表論文

“Linkage Control between Molecular and Supramolecular Chirality in 21-Helical Hydrogen-bonded Networks Using Achiral Components” 英国 Nature Publishing Group、Nature Communications、DOI: 10.1038/ncomms2756

参考図

図1 キラル・アキラルなものの例;手、らせん、分子

図2 (a)超分子傾斜キラリティー法と(b)アキラル成分によるらせんの左右の制御

参考URL

論文のアブストラクト

研究室WEBサイト

用語説明

キラル

キラル、キラリティ:

右手と左手の関係のように、ある物体が自らの鏡像(鏡に映した像)と重ね合わせられない性質のこと。

アキラル

キラルでないという性質のこと。

有機塩

有機酸由来の陰イオンと有機塩基由来の陽イオンが、イオン性の結合によって形成した化合物のこと。

2回らせん

結晶中で形成されるらせん構造の一つで、分子をらせん軸まわりに180度回転させたあと、らせん軸と平行に繰り返し単位の半周期分だけ並進させるという対称操作によって表される。

円偏光

電場と磁場の振動が伝搬に伴って円を描いた光のこと。回転方向によって、右円偏光と左円偏光がある。

不斉触媒

キラルな分子を作り分ける際に用いられる触媒のこと。

結晶学

顕微鏡やX線などの手法を用いて結晶の形態や対称性、物理的・化学的性質等を研究する学問のこと。

分光学

物質が放出または吸収する光のスペクトルを測定、解析し、物質の性質を研究する学問のこと。

赤外円偏光二色性

赤外領域の右円偏光と左円偏光に対して、光の吸収度に差が生じる現象のこと。