2019年9月25日

幸運な偶然が重なり、「夢の反応」が実現

メタンは化学的に極めて安定した物質で、これを酸化しメタノール などを合成することは困難だ。従来、工業的に用いられてきた方法は、例えば750度・23気圧などの高温・高圧を必要とした。効率も悪く、二 酸化炭素も大量に排出する。日本のメタノールの自給率は0%だ。こうした欠点を克服する方法を世界中の化学者が追い求めてきた。大久保教授も、その一人である。ブレークスルーとなる化合物に出会ったのはある偶然からだった。除菌・消臭剤のメーカーが「新しく開発した消臭剤がなぜ効くのか、理論的に知りたい」と訪ねてきた。一般的な消臭剤はにおいの原因物質を包み込むことで除去するが、これだと包み込んでいる物質が分解すると「におい戻り」が起きる。新しい消臭剤にはそれがないという。大久保教授は「においの原因となる硫化水素などの有機物質を分解する強力な酸化力があるのに違いない」と直感。主成分を聞くと、二酸化塩素だという。亜塩素酸ソーダから安価に製造できる物質だ。欧米ではプールや水道水の消毒剤としても使われている。「二酸化塩素の酸化力をどこまで高めることができるか?」。そう考えたとき光化学者としての本能がうずいた。
「二酸化塩素は黄色い色をしています。私は色のある物質を見ると、光を当てたくなるんです。二酸化塩素とメタンを溶かした溶媒に光を当ててみるとメタノールが合成された。まさかと驚きました」
研究室で試薬メーカーのフルオラス溶媒を紹介したチラシを偶然目にしたのも幸運であった。ガスをよく溶かし、水とは混じらない性質を持つフルオラス溶媒。「これだ!」と思った。 光のエネルギーを得て活性化した二酸化塩素が、溶媒に溶けたメタンガスと酸素を反応させ、メタノールやギ酸が合成される。常温で反応し、高い圧力をかける必要もない。酸化剤は無料で手に入る空気中の酸素。メタンの14%はメタノールに、85%はギ酸になる。ほぼ100%の収率で、二酸化炭素の発生はゼロ。これまでの環境負荷の高かった技術での収率の最高が数%だったことを考えれば、まさに「夢の反応」の誕生だ。
大久保教授は「フルオラス溶媒とメタンガス、二酸化塩素、光反応という、今思えばこれしかないという組み合わせだった。幸運な偶然が 重なった」と振り返る。

二酸化塩素によるバイオガス中に含まれるメタン酸化の反応式

北海道の酪農の町と連携

無限の可能性をはらんだ技術だが、今年秋から人口約3800人の北海道興部町と連携し、乳牛のふん尿から得られたバイオガスからメタノールを製造するユニークな実証実験が始まる。
同町では現在、560頭の乳牛のふん尿を発 酵させて得た年間54万立方㍍のバイオガス を燃料にして発電をしている。酪農牛は町全体で1万1000頭いるが、売電量を増やそうにも固定価格買取(FIT)制度や送電線の能力から限界がある。バイオガスから液体燃料を製造、保存できれば有効活用の道は一気に広がる。メタノールと同時にできるギ酸は家畜の飼料を良質なものとする添加物とし ても利用されているほか、取り扱いが困難な水素を効率的に貯蔵、運搬するためのエネルギーキャ リアとしても近年注目を浴びており、この反応で得られる物質に無駄なものは一切ない。 この技術を全国135万頭の乳牛・肉牛に適用できれば年間350万㌧(約1700億円)、日本の全 使用量の2割に相当するメタノールが得られる計算だ。さらに同プロジェクトの恩恵は日本だけにとどまらない。大久保教授は「東南アジアの山奥でもヤギや豚は飼っている。ふん尿から簡単に液体燃料ができれば、どんな場所でも煮炊きができる。地産地消型のエネルギーとして役立ってほしい」と夢を語る。

●大久保 敬(おおくぼ けい)
1996年大阪大学工学部卒業。2001年同大学院工学研究科修了、博士(工学)。04年大阪大 学工学研究科博士研究員。05年同客員准教授。09年同特任准教授。15年同特任教授。17年 より現職。19年より先導的学際研究機構分子光触媒共同研究部門長。

(本記事の内容は、2019年9月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

 

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