2018年5月15日

古典文学の変化をとらえて往時の人々の心を探る

日本では『千夜一夜物語』など、アラブ・ペルシア文学の古典は簡単に翻訳版を読むことができるが、オスマン帝国時代以降のトルコ文学は、翻訳を探すのが難しい。そのなかで宮下准教授は、日本では未開拓分野であるトルコの古典詩の研究を始めた。
「ルネサンス期のオスマン帝国の古典詩は、いわゆる本歌取りが言語も時代も越えアラブ、ペルシア、チャガタイ語文学まで及ぶダイナミズムが魅力。その一方で典故的、高踏的な性格が強く、一見すれば千年もの間、散房花序と美男美女しか読んでいないように見えることもあります。ですが、中にはエリートたちが町方の職人や商人を揶揄したり、その逆にお偉方を洒落のめすような嘲笑文学の類もあり、当時の風潮や人々の考え方の一端を教えてくれます」。詩歌の内容の変化をとらえて社会史的にアプローチすることで、当時の人々の心性、考え方を理解したいと考えている。

文学作品を言語・文化から理解する

一方、トルコ現代文学に関しては、トルコ語が「列強言語でない言語」である点こそが重要と考える。「文学作品は言語、文化に根ざします。何でも英語で済むかというと、そうではない。母語としている人がいる限り、その言語・文化を知らないと理解できないことがある。国際共通語としての英語の一強時代を迎え、翻訳速度も格段に上昇した21世紀、非列強言語の未来は暗中模索。だからこそ、民族や国家の在り方と歩みを共にするトルコの文学を見つめることは、第三世界における言語と文化の行く末そのものを見極めることにも繋がるのです」

変化するトルコ文学

1960年代の末ごろから欧米のモダニズム小説がトルコでも翻訳され、広く読まれるようになった。若い頃の読書体験は、小説家の作風に大きく影響する。「80年代にデビューした作家の小説からは、それまでの『民族性』が減りました。最近では欧州文学の『飛び地』であろうとするのさえやめて、世界文学の作家になろうと志す人も少なくありません」  また、最近は娯楽性が高まり、純文学と大衆文学の境目が曖昧になってきていると指摘する。宮下准教授が翻訳を手がけるオルハン・パムクは、そうした新しい世代を代表する作家の一人。ノーベル文学賞を受賞して、欧米での知名度が上がった。「現代の日本人が普通に読んでも、面白い作家です」  今後は「本当に価値のある現代作品を厳選して紹介していきたい」。テロや内戦の問題を扱った作品の翻訳も考えている。古典研究では、オスマン帝国の詩人列伝の出版を構想している。

●宮下遼(みやした りょう)
2004年東京外国語大学外国語学部卒業。09年東京大学総合文化研究科単位修得満期退学、12年博士号(学術)。14年大阪大学言語文化研究科助教、15年同研究科講師を経て16年より現職。著書は『多元性の都市イスタンブル:近世オスマン帝都の都市空間と詩人、庶民、異邦人』(大阪大学出版会)など。翻訳作品は『わたしの名は赤』、『僕の違和感』(ともにオルハン・パムク、早川書房)など。

(2018年2月取材)

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