2018年7月31日

ローマの英雄、賢人が活用した「記憶術」

「記憶術」とは、大量の情報を記憶するための方法論で、その起源は古代ギリシャ、ローマに遡る。カエサルも聴衆の前で演説する際には使っていたとされる。「当時の弁論は、いかにうまくパフォーマンスするかが大事で、あたかも即興であるかのように熱を込め、笑い、怒り、時には涙ぐみながら話すものでした。聴衆を納得させる弁論をするため、多くの知識階級が記憶術を使っていたと言われます」
当時の記憶術は、①頭の中に建物をつくり情報を収納する「器」にする、②演説の内容など頭に入れたい文字情報をイメージ(象徴的なもの)に翻訳する、③翻訳したイメージを「器」に置き、風景として記憶する、④本番の演説時に風景を思い出しながら演説を行う--というもの。演説しながら頭の中のバーチャル空間を移動し、置いてあるイメージから言葉を取り出すのだ。
「『器』にする建物は、自宅など身近なものがよいとされます。その空間をありありと思い描き、例えば冒頭の話題が平和である場合には、玄関にオリーブと鳩を配置するなど、話の順を追って建物の中に次々とイメージを置いていきます」

膨大な情報を整理する方法

記憶術は中世を生き残り、ルネサンス期に印刷の普及もあって再発見された。さらに、新大陸の発見や自然科学の発達に伴って情報量が増え、データベースが必要になった16、17世紀に大きくクローズアップされる。
現代的意味は、情報爆発にどう対応するかのカギになること。「パソコンの中で3Dのデータベースが作られていますが、これはコンピュータ版の記憶術。ルネサンス人も頭の中で同じ事をしていました」。桑木野准教授は、現代のデータベース制作に、過去の知見が役立つと考えている。

建築史をリメイク

「記憶術の視点を導入すると、現実にある物理空間の建築史も面白くなります」。8年間留学していたイタリアには、記憶術用の仮想空間から作られたと推定できる実在空間がある。例えばフィレンツェのヴェッキオ宮殿にある「地図の間」は、世界各地域の地図、地球儀、寓意画が空間を埋めつくすように配置されている。「記憶術を使うには、まず実在する空間を頭に入れ、それをもとに頭の中でバーチャル空間を作ります。しかし逆に、よりデータを整理しやすいように頭の中で建物や宮殿を設計することも可能。当時の資料から、設計にかかわった哲学者、文学者などの意見を掘り起こすと、空間の背後にある思想はどのようなものだったかが見えてくる。それが、空間史に記憶術の視点を取りこむメリットです」
通常の建築史は、建築様式や配置など「形」にこだわる。しかし記憶術の視点で見ると、空間の「質、内容」にまで光をあてることができる。桑木野准教授は、建築史のあり方そのものをリメイクしつつある。

●桑木野幸司(くわきの こうじ)
東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、ピサ大学(イタリア)大学院博士課程修了。Dottore di Ricerca in Storia delle arti visive e dello spettacolo(文学博士(美術史)・ピサ大学)。Kunsthistorisches Institut in Florenz研究生を経て、2011年4月より現職。著書『叡智の建築家:記憶のロクスとしての16-17世紀の庭園、劇場、都市』(中央公論美術出版)など。07年大阪大学賞受賞。

(2018年2月取材)

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