高齢者介護では、入浴などの物理的な支援だけでなく、対話の支援が必要不可欠です。話しかけの無い介護はありません。しかしながら必ずしも全ての高齢者が介護人との対話を楽しめる訳ではありません。本研究では、高齢者の対話を支援する対話型ロボットを開発し、介護施設におけるサービスを向上させる研究に取り組んでいます。
また、同じような問題が自閉症スペクトラム障害の子供達にもあります。自閉症スペクトラム障害児は人と対話することが苦手でもロボットとは対話を楽しめる場合が多々あります。子供達に好まれる対話型ロボットを開発し、自閉症スペクトラム障害児の療育に取り組んでいます。このような高齢者や子供達の対話を活性化するロボットの研究開発に是非ご支援ください。
人間に酷似したアンドロイドであるジェミノイド、誰にでも見える人間としてのミニマルな見かけを持つテレノイド、かわいい子供の姿を持つコミューという3種類のロボットを開発しました。
・ジェミノイドは、遠隔操作型のアンドロイド。遠隔地のジェミノイドを操作することで、操作者はジェミノイドの体を自分の体のように感じ、遠隔地において人と豊かに関わることができます。
・テレノイドは、だれでもが親しく関われる、人間としてのミニマルな見かけを持つ、遠隔操作型ロボット。特に高齢者からは高く評価されており、高齢者施設において認知症の症状を改善したり、問題行動を抑制する効果を持っています。
・コミューは、かわいい子供の姿を持つ遠隔操作ロボット、 ロボット同士の対話を見せることにベースに、 人が関わりやすい対話を実現し、またそれをコミュニケーションの 教育や療育に応用することを目指します。
大阪大学基礎工学研究科の石黒浩教授(大阪大学特別教授)は、世界に先駆けて人と関わるロボットの研究開発に取り組んできました。教授が開発した様々なロボットは、従来のロボットとは異なり、人間の対話相手として、高齢者や子供達の日常的な活動を支援することが期待されます。
ロボット研究は、産業用ロボット中心の研究から、日常的な場面で働くロボットの研究に徐々にその焦点を移しつつあります。日常的な場面においてこれまでの産業用ロボットと最も大きく異なるのは、人と関わるという点です。そして、人が最も関わり易いものは人そのものです。従って、この人と関わるロボットの実現では、人のような身体機構の開発と、人のように多様な感覚や言語や身体動作を用いて、他者と関わり、コミュニケーションする機能の開発が必要となります。石黒教授はそのような人と対話するロボットの研究開発に、世界に先駆けて取り組んできました。そして、その研究活動の中で様々なロボットを生み出してきました。その生み出されたロボットは、コンピュータやスマートフォン以上に人間に親和的な、新たなメディアとして、高齢者や障害者を始め、一般健常者が日常生活の中で利用していくと期待されています。
人と関わるロボットは、どのような人らしい機能を持つべきなのか?この疑問に答え、人と関わるロボットの設計原理を導くと共に、人そのものを理解しようとしたのが、遠隔操作型アンドロイド、ジェミノイドの研究です。ジェミノイドとは、双子を表す言葉で、ジェミノイドの最初のモデルは石黒教授本人でした(図1)。このジェミノイドのシステムは、操作者がモニタを見ながら話をすると、ジェミノイドの体から声が出て、またその声に合わせて唇が動いたり、操作者の動きに応じて首などが動くようになっています。そして、訪問者とジェミノイドの間で対話を行うと、訪問者と操作者の双方がジェミノイドに適応できます。すなわち、訪問者は対話が始まると、ジェミノイドと石黒教授の違いをさほど気にすること無く、ジェミノイドを石黒教授のように感じながら話をすることができます。また一方、操作者も対話が始まると、まるでジェミノイドを自分の体のように感じることができます。
このようなジェミノイドは、人と自然に対話するためのロボット開発において様々に利用できます。ジェミノイドの動きや表現能力を変えたり、機能を自律化したりしながら、訪問者がジェミノイドに人間らしさを感じるための条件を研究し、人とロボットの関わりにおいて重要な要素は何かを探求しています。また、遠隔操作を繰り返すことによって、訪問者と関わるジェミノイドの様々な対話パターンを収集することができます。その収集された対話パターンを基に、ジェミノイドの自律的な対話機能の実現を進めています。
基礎研究を目的として開発されたジェミノイドですが、実用的にも用いることができます。たとえば、ジェミノイドで、石黒教授の講演を海外で行うこともできます。すなわち、ジェミノイドを使って遠隔地で働くことができるのです。また、ジェミノイドをカフェに置いておけば、ジェミノイドの体を使って、様々な人と友達になることもできます(図2)。すなわち、ジェミノイドを使えば、病院から出ることができない人や、体に障害がある人が、実社会で働くことができるようになるのです。これから日本では深刻な高齢化社会を迎えます。その高齢化社会では、高齢者の方々にできるだけ長く働いていただく必要が出てきますが、そうした場合にもジェミノイドが役立ちます。身体能力が劣り、実社会で働けなくなった高齢者でも、ジェミノイドを使えば、実社会で働き続けることができ、高齢者の方々が持つ豊かな経験と知識を社会の中で生かしてもらうことができるのです。
ジェミノイドの研究開発を通して、人とロボットの関わりに関して様々な知見を得ることができました。その中で最も重要な知見の一つが、「人は相手を想像しながら関わる」というものです。ジェミノイドは特定の人とそっくりに作られています。そうしたロボットと対話する時、人は、見かけが人間らしいか、動きが人間らしいか、話し方が人間らしいかと、細かく観察します。そうして、人間と異なる部分があると、とたんに不気味に感じるのです。
このようなジェミノイドの見かけを、年齢も性別も判別できない、人間としての最低限の見かけに置き換えると、対話する人(対話者)の関わり方は全く異なります。人間としての最低限の見かけを与えた遠隔操作型ロボットをテレノイドと呼びます。対話者がテレノイドと関わる際には、遠隔操作ロボットですから人間の声をテレノイドから聞くわけですが、対話者はその声から相手を想像します。この相手の想像では人は必ずポジティブに想像します。そしてそのポジティブに想像した相手のイメージを、誰にでも見える人間としてのミニマルな見かけを持つテレノイドに投影します。
この性質故にテレノイドは万人が好んで受け入れるロボットになります。ジェミノイドの場合は、たとえば、小さい子供は時に大人の男性の姿におびえ、人によっては対話を嫌がる場合もあります。それに対して、テレノイドは自らのポジティブなイメージで関わることができるため、誰もが受け入れます。特に高齢者はテレノイドの対話を非常に楽しみます(図3)。
このテレノイドは、日本やデンマークの高齢者施設で実験的に利用されています。これまでの実験において、対話が困難な認知症の患者の対話能力が回復したり、認知症患者の問題行動が抑制されることが確認されています。今後さらに実験を積み重ね、近い将来に高齢者施設で実用的に利用することを目指しています。
高齢者だけでなく、小さい子供、特に自閉症スペクトラム障害児はロボットに対して、人間以上に興味を抱くことがあります(図4)。人間に対しては対話することに抵抗を感じる自閉症スペクトラム障害児でも、ロボットに対しては積極的に対話できることが多いのです。
このような自閉症スペクトラム障害児の療育には、よりかわいい見かけのロボットが役に立つと考えています。この目的で開発されたロボットはコミューと呼びます(図5)。コミューの基本的な機能としてはテレノイドと同様ですが、複数のコミューを同時に利用して、より対話を活性化する機能を実現しています。対話は1対1で行うよりも、複数人で行った方がより活発になる場合が多々あります。コミューは複数台を同時に用いることを想定して、テーブルの上に乗る大きさでデザインされています。
本研究では、人と関わるロボットの研究開発を通して、高齢者や若年者、特に認知症や自閉症スペクトラム障害の人達の生活を対話型ロボットで支援することを目指しています。
高齢者介護では、入浴などの物理的な支援だけでなく、対話の支援が必要不可欠です。話しかけの無い介護はありません。しかしながら必ずしも全ての高齢者が介護人との対話を楽しめる訳ではありません。高齢者の対話を支援する対話型ロボットを開発すれば、介護施設におけるサービス向上に繋がると考えています。
自閉症スペクトラム障害の子供達は人と対話することが苦手でも、ロボットとは対話を楽しめる場合が多々あります。子供達に好まれる対話型ロボットを開発し、自閉症スペクトラム障害の子供達の療育に役立てたいと考えています。
そして、このような人と関わるロボットは、我々の未来社会において様々な場面で我々の生活を支援してくれます(図6)。高齢化社会を迎え、これまでのような人による十分なサービスが期待できない未来においても、人と関わるロボットを利用することで、生活の質を維持できると考えています。
・T。 Kanda and H。 Ishiguro、 Human-robot interaction in social robotics、 CRC Press、 2012。
・石黒浩、 人と芸術とアンドロイド、 日本評論社、 2012。
・石黒浩、 アンドロイドを造る、 オーム社、 2011。
・石黒浩、 どうすれば「人」を創れるか?アンドロイドになった私、 新潮社、 2011。
・H。 Ishiguro、 Studies on Humanlike Robots - Humanoid、 Android and Geminoid、 Simulation、 Modeling、 and Programming for Autonomous Robots、 Vol。5325、 Springer、 2008。
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