生命科学・医学系

2020年1月15日

研究成果のポイント

・総務省消防庁の全国院外心停止患者登録データを用いて、これまで十分に評価されていなかった、17歳以下の小児の院外心停止患者に対する救急隊によるアドレナリン投与の効果を検証した。
・救急隊到着時の1次救命処置により自己心拍が再開しなかった心停止患者のうち、アドレナリン投与をした群のほうが、アドレナリン投与をしなかった群と比較して、病院前での自己心拍再開率が良好であることを示した。
・小児の院外心停止患者に対する救急隊による救命処置の重要性を明らかにする本研究は、院外心停止患者の蘇生率向上のためのエビデンスとして、国際心肺蘇生ガイドラインの改定にも大きな影響を与えると期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の小向翔助教(医学統計学)、北村哲久助教(環境医学)と京都府立医科大学大学院医学研究科の松山匡助教(救急・災害医療システム学)らの研究グループは、小児の院外心停止患者に対する救急隊によるアドレナリン投与の効果を、新しい解析手法である「時間依存傾向スコア連続マッチング解析法※1」を用いて評価し、救急隊到着時の1次救命処置により自己心拍が再開しなかった心停止患者のうち、アドレナリン投与を行うことが心停止後の自己心拍再開の改善に関連することを示しました(図1)

これまでにも成人の心停止患者に対するアドレナリン投与の効果を評価する多くの研究がありましたが、17歳以下の小児の心停止患者に対するアドレナリン投与の効果を検証する研究はほとんどありませんでした。新しい解析手法を導入することで、救急隊によるアドレナリン投与の実施が心停止後の自己心拍再開の改善と関連することを明らかにし、病院前救護における救急隊の処置の重要性を示しました。今後、本研究結果が国際心肺蘇生ガイドラインの改訂に影響を与えるものと期待されます。

本研究成果は、2020年1月14日に米国心臓病学会雑誌「Journal of the American College Cardiology」(オンライン)に掲載されました。

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図1 院外心停止後の自己心拍再開率
アドレナリン投与を行った方が、有意に自己心拍再開の可能性が高まる

研究の背景

病院外で心停止を起こした患者さんに対して、救急隊は胸骨圧迫などの心肺蘇生行為やAED(体外式自動除細動器)を用いた電気ショックといった1次救命処置だけでなく、自己心拍再開が達成できない心停止患者に対しては静脈路からのアドレナリン投与や声門上気道確保器具や気管挿管チューブを用いた高度気道確保といった2次救命処置を行うことになります。日本では、8歳以上の院外心停止患者に対してアドレナリン投与を実施することが法的に許可されていますが、院外心停止患者に対するアドレナリン投与は救急隊によって行われる重要な蘇生行為にもかかわらず、17歳以下の小児の院外心停止患者の効果については十分に評価されていませんでした。

北村助教らの研究グループはアドレナリン投与が行われた時刻に着目しました。日本の救急隊によるアドレナリン投与は、1次救命処置によって自己心拍が再開した心停止患者に対しては行われません。言い換えると、自己心拍が再開せず、蘇生行為が長くなればなるほどアドレナリン投与を受けやすくなるために、自己心拍が再開しない予後不良群のほうがアドレナリン投与を受けやすくなるという「蘇生時間バイアス※2」という問題が生じます。

そこで、研究グループは、この蘇生時間バイアスを克服するために、傾向スコアマッチング解析を応用し、アドレナリン投与された時間ごと(1分毎)に傾向スコアを算出し、同じタイミングでアドレナリン投与された群とまだされていない群をマッチさせることで、蘇生時間バイアスを減らそうという手法(時間依存傾向スコア連続マッチング解析)を新たに導入しました。

本研究の成果

本研究には、総務省消防庁の全国院外心停止患者登録データを用いました。2007~2016年の10年間で、解析対象となる日本の8~17歳の小児の院外心停止患者は3,961名であり、7.7%(306/3961名)がアドレナリン投与を受けていました。

アドレナリン投与を受けた群のほうが受けなかった群に比べて院外心停止後の自己心拍再開率は有意に高い結果でした。その一方で、院外心停止発生1か月後の生存率や社会復帰率もアドレナリン投与を受けた群のほうが受けなかった群に比べて高い傾向にありましたが、統計学的に有意な差はありませんでした(図2)

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図2 院外心停止発生1か月後の生存率と社会復帰率
アドレナリン投与の有無で1か月生存率や社会復帰率には差がない

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

救急隊による病院前救護活動の一つである、アドレナリン投与の有効性を示す本研究結果は、小児の院外心停止患者に対する救急隊による2次救命処置の重要性を明らかにするとともに、院外心停止患者の蘇生率向上のためのエビデンスとして国際心肺蘇生ガイドラインの改定にも大きな影響を与えると考えられます。

研究者のコメント(北村助教)

日本の大規模データを用いて、小児の院外心停止患者に対するアドレナリン投与の有効性を示す本研究は、国際心肺蘇生ガイドラインに影響を及ぼすものとして重要であるとともに、観察研究における治療や薬剤の有効性を評価する場合において、それらの時間を考慮することの重要性も示す結果として意義のある研究と考えます。また、日本におけるアドレナリン投与された小児の院外心停止患者の割合は低いため、今後のアドレナリン投与された小児の院外心停止患者の割合が増えれば、自己心拍再開そして社会復帰する小児の院外心停止患者がさらに増えることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年1月14日に米国心臓病学会雑誌「Journal of the American College Cardiology」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】“Pre-hospital administration of epinephrine in pediatric patients with out-of-hospital cardiac arrest”
【著者名】Tasuku Matsuyama1,Sho Komukai2,Junichi Izawa3,Koichiro Gibo4,Masashi Okubo5,Kosuke Kiyohara6,Takeyuki Kiguchi7,Taku Iwami7,Bon Ohta1,Tetsuhisa Kitamura8
【所属】
1 京都府立医科大学大学院医学研究科 救急・災害医療システム学
2 大阪大学大学院医学系研究科 情報統合医学講座 医学統計学
3 ピッツバーグ大学 集中治療学講座
4 沖縄県立中部病院 救命救急センター
5 ピッツバーグ大学 救急医学講座
6 大妻女子大学 家政学部食物学科
7 京都大学 環境安全保健機構 健康管理部門/附属健康科学センター
8 大阪大学大学院医学系研究科 社会医学講座 環境医学

本研究は、大阪大学 大学院医学系研究科 新研究分野創生事業「臨床疫学データの構築・解析からリバーストランスレーショナルリサーチへの展開とその担い手育成プロジェクト」、メディカルデータサイエンス研究拠点形成事業「医学研究の高度化を支える疫学・統計学・生物情報科学・医療情報学の融合研究」ならびに日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われました。

用語説明

※1 傾向スコアマッチング解析(propensity score matching analysis)
患者を登録する研究において、何らかの治療や薬剤の有効性を評価しようという場合に、行為をされた群とそうでなかった群の間で登録患者の特徴(年齢や既往歴など)が大きく異なっている場合があり、これらの違いは解析結果にも影響を与える。この患者背景の違いを小さくする統計的手段として、様々な背景因子を傾向スコアという患者背景を要約した一つの指標に変換し、同じようなスコアを持つ患者を各群でマッチさせ、患者背景を揃えた上で目的とする治療や薬剤の効果を評価しようとするもの。

※2 蘇生時間バイアス(resuscitation time bias)
患者を登録する研究において、生きている患者に対して何らかの治療や薬剤を評価しようとする場合、登録開始から治療実施や薬剤投与をされるまでは必ず生きているために、解析としてはこれらの行為があったほうが予後が良いという方向の結果(=なかった患者は登録後のどの時点でも死ぬ可能性がある)をもたらす可能性がある「不死亡バイアス(immortal time bias)」がある。本研究のような蘇生領域の観察研究ではその逆のものとして、心肺蘇生が長くなってしまう予後の悪い群のほうがアドレナリン投与を受けやすいという蘇生時間バイアスが生じる。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 社会医学講座 環境医学
http://www2.med.osaka-u.ac.jp/envi/

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