ヒトiPS細胞から小腸型の腸管上皮細胞の作製に成功
医薬品の吸収試験や代謝試験への応用に期待
研究成果のポイント
・ヒトiPS細胞から小腸型の腸管上皮細胞の作製に成功
・ヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞は単層膜を形成できるため、医薬品の透過試験に応用可能
・これまでの評価系ではヒトにおける医薬品の消化管吸収・代謝を正確に評価することができなかったが、ヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞が新たな医薬品の消化管吸収・代謝予測モデルになりうる可能性を示す成果
概要
大阪大学大学院薬学研究科の水口裕之教授、高山和雄助教らの研究グループは、ヒトiPS細胞から小腸型の腸管上皮細胞の作製に成功しました。本細胞は、大腸型ではなく小腸型の腸管上皮細胞の性質を有しており、医薬品の吸収と代謝に重要な役割を果たす分子の機能を備えていることを確認しています。
医薬品の吸収試験や代謝試験は創薬過程において必須のプロセスですが、現在の評価系では正確に医薬品の吸収や代謝を評価できません。そのため、医薬品の消化管吸収・代謝を正確に予測できるモデルの開発が期待されていました。今回の研究成果では、薬物吸収・代謝能を有するヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞の作製に成功しました。作製したヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞は、医薬品の吸収や代謝を正確に評価できる新たな創薬支援ツールとしての活用が期待されます。
本研究成果は、「Stem Cell Reports」に、11月22日(木)午前1時(日本時間)に公開されました。
図1 本研究の概要
研究の背景・内容
錠剤やカプセル剤などの経口投与される医薬品は、小腸で吸収されると同時に代謝され、肝臓を経て全身に移行します。そのため、医薬品候補化合物の小腸における吸収や代謝のしやすさを評価することは、創薬研究において重要な検討項目です。現在、ヒト生体由来小腸上皮細胞は入手及び培養が困難であるため、がん細胞株やマウスなどの実験動物を用いて、医薬品候補化合物の吸収や代謝を評価しています。しかし、がん細胞株を用いた評価系では薬物代謝能が低いこと、マウスなどの実験動物とヒトとの間には種差の問題があることから、これらの評価系では正確に医薬品候補化合物の吸収・代謝を評価することができません。これまでに、様々な研究グループによるヒトiPS細胞から腸管上皮細胞を作製し、医薬品の吸収・代謝試験へ応用しようとする試みはありましたが、小腸型の腸管上皮細胞の作製に成功した例はほぼありませんでした。
今回、水口教授らの研究グループは小腸の発生過程を参考に、ヒトiPS細胞から小腸上皮細胞へ分化を促す増殖因子や化合物のスクリーニングを行い、90%以上の効率で小腸上皮細胞を作製することに成功しました( 図1 A)。また、分化誘導した細胞が、大腸型ではなく、「小腸型」の腸管上皮細胞であることを確認しています( 図1 B)。さらに、生体小腸にも見られる微絨毛構造を観察することができました( 図1 B)。最後に、医薬品の吸収・代謝に重要な役割を果たす分子の機能を備えていることも確認しました( 図1 C)。このような技術開発により、ヒトiPS細胞由来小腸上皮細胞を使用した医薬品の吸収・代謝試験への応用が期待されます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、医薬品候補化合物の吸収や代謝をより正確かつ簡便に評価できる可能性が高まりました。また、複数の個人のヒトiPS細胞を用いることにより、個人差を考慮した医薬品の吸収・代謝試験も実施できると考えられます。さらに、マウスなどの実験動物を用いた試験の代替法となるため、動物実験の「3Rの原則」を強力に推進できると期待します。
特記事項
本研究成果は、2018年11月22日(木)午前1時(日本時間)に「Stem Cell Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Efficient Generation of Small Intestinal Epithelial-like Cells from Human iPS Cells for Drug Absorption and Metabolism Studies”
著者名:Ryosuke Negoro, Kazuo Takayama, Kanae Kawai, Kazuo Harada, Fuminori Sakurai, Kazumasa Hirata, Hiroyuki Mizuguchi
なお、本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構医薬品等規制調和・評価研究事業、独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業挑戦的研究(開拓)の一環として行われました。
参考URL
大阪大学 大学院薬学研究科 分子生物学分野
https://www.seika.site/