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環境浄化の重要性をつたえる

俯瞰的視点で最新技術を社会に実装

工学研究科・教授・池道彦

日本には世界トップレベルの環境技術が数多く集積し、人々の暮らしや健康に大きな影響を与える水質浄化や土壌浄化などに関する研究も着々と進められている。しかし環境保全・浄化に関する公共政策や企業戦略の推進には、さまざまなステークホルダー間の合意形成と大規模な予算編成が必要。市民や産業界の正しい理解や世論の後押しが不可欠だ。多様な環境技術の開発に取り組む池道彦教授は、研究のかたわら、国などが主宰する環境関連の委員会の委員を数多く務め、環境浄化の重要性を社会に広く伝え続けている。

環境浄化の重要性をつたえる

多くの審議会に携わる環境の専門家

池教授は現在 、 中央環境審議 会・ 水環 境部会・瀬戸内海環境保全小委員会や、大阪府環境審議会の審議会委員など、 審議会や 、 学会 、 協会の役員としても活 動 。 科学的知見に基づき 、 これからの水 環境のあり方、環境保全に関する基本計画の策定・検討や議論などに積極的に関わっている。「環境工学という分野は扱う範囲が広く、ややもすると分業化が進みやすい分野です。しかし私たちは細分化せず、多様な環境を相手に研究を進めています。いろいろな委員会などに呼んでいただけるのは、そこが評価されているのかもしれません」

水から土壌 、 エネルギーまで

池研究室では水だけでなく、土壌や、環境問題の背後にある資源・エネルギー問題まで幅広く扱う。「例えば水も、上水と下水に分けるのは人間の勝手。水は海から蒸発して雨となって、陸水となります。そして人間がくみ上げて上水として使い、汚れると下水処理をして川から海へと戻っていきます。水はずっと繋がっていますから、一体で見る必要があるのです。また、上水の製造や供給、下水の浄化にはエネルギーを使いますので、エネルギーについても理解しなくてはいけません。環境工学では現象の全てを研究の対象物として見渡すことが重要です」

技術を社会で役立てる仕組み

池教授の研究の基盤となっているのは、生物機能の利用だという。「地球の人口が70億人を超え、人間が自然に負担をかけ過ぎているところを、化学物質などの人工的な手段ではなく、生物の力を借りて改善したいと考えています。その方が、新たな環境問題が発生しにくいからです。とは言っても、絶対的に生物にこだわるのではなく、生物や生態系を使うことの良さと制約を明確にしたうえで、最新の技術開発に取り組んでいます」

たとえば、微生物を用いて、今まで有害物質としてネックになっていたセレンを排水から除去し、資源として再利用する道筋を作った。この回収サイクルは、世界トップレベルの効率を誇る。微生物が自己増殖をしながら、回収という仕事をしてくれるので、メンテナンスコストが抑えられる。

このように池教授は、開発した技術をマクロの目で眺め、全体のシステムの位置づけまでを含めて社会に伝えようとしている。「開発した技術が社会に対してどのようなインパクトがあり、どう社会とリンクさせて使うのかまで複眼的に考え伝えることが大事。社会に実装し役立たないと、環境技術としては意味がないと考えています」

ビジネスモデルに組み込む

環境問題の難点は、誰もが多額のコストを積極的には払いにくい分野だということ。「例えば、気に入った車の購入にはプラスアルファの金額を払っても、淀川の水をきれいにするための多大な金銭的負担には、抵抗があるでしょう。また環境保全・浄化にコストがかかることは理解していても、税金などからの多額の支出も難しい。環境保全・浄化の事業をすると利益が出るようなビジネスモデルを成立させる必要があり、その視点で技術開発を進めています」

そういったビジネスモデルの可能性の一つとして池教授が注目しているのが、大阪市西成区の津守下水処理場。下水処理は一般的にはエネルギーを大量に消費して水を浄化するが、ここでは汚水処理の過程でメタンガスを発生させ、エネルギーを取り出す。「学識経験者と大阪市が連携してシステムの最適化を進め、現在は処理場のエネルギー(電気)の最大50%ほどは、下水から回収したエネルギーで賄われています。今後、下水処理場がバイオガス発電所になり、余剰電気を電力会社に売るビジネスが成立すれば、下水処理の事業を始める業者がきっと現れる。そのように、自分たちが作った技術を社会に実装する仕組みを伝え続けていきたいと思っています」

環境問題を解決するために、社会の中で環境ビジネスとして定着可能なシステムを構築するのが池教授の研究スタイルだ。

環境問題は地域 、 時代ごとに

池教授は、市民講座などで地域住民に対して環境問題を問いかけると同時に、自らの思いや考えを学部生や大学院生に伝えることも重視している。「私は大学教員ですから、講義や研究指導を通じて学生に影響を与えることができます。毎年、私の講義を受けた70〜80人ほどの学生が社会に巣立ちます。特に、研究室で私とかなり長い時間を過ごしてくれた学生は、より強い影響を受けてくれるかもしれません。留学生も多くが、勉強を終えて世界に広がります。彼ら、彼女らに伝えたことを、また次の世代に伝え、自分たちの環境技術を社会で活かしていってくれることを願っています」

環境の重要性は伝え続けることによって理解される、というのが池教授の持論。「環境問題に絶対的な正解はありません。時代や地域によって正解は異なります 。 大事なのは 、 一つの環境問題に対しどのようなオプションがあり、かかるコストやエネルギー、またサイドエフェクト等はどうかを正確に伝えること。今の時代、この場所で何を選ぶべきかを市民や企業、行政などと一緒に考えていくことが、大学というシンクタンク機能の使命だと思っています」

植物 、 微生物の共生に着眼した水の浄化研究

「植物はエネルギーを与えられなくても動いています」と池教授。光合成によりエネルギーを作り増えていく植物を触媒として、どのように水を浄化するか。「私たちは浮き草の根っこに有害物質を分解する微生物が集まっていることを発見し、植物と微生物の共生関係による環境浄化機構の解明に取り組んでいます。水と二酸化炭素で動き、根に集まった微生物が水をきれいにしてくれるという循環は、まさに理想的な環境浄化システムです」

池教授は最近、浮き草の根っこに付けると成長速度が数倍にもなる微生物について研究している。「その微生物によって浮き草が元気になると、水を浄化する力も大きくなります。環境浄化に役立ちそうな非常に面白い特性であり、これらを実際に使える技術にしていきたいと考えています」


(本記事の内容は、2013年12月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)