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制御性T細胞は 何をつたえているのか

免疫疾患の治療・予防目指し、新しい道開く

免疫学フロンティア研究センター・教授・坂口志文

大阪大学免疫学フロンティア研究センターの坂口志文教授は、生体内に侵入した細菌などの異物を排除する免疫反応の手綱を引く「制御性T細胞」というリンパ球を発見し、その機能を明らかにした。制御性T細胞の量的・機能的異常が自己免疫病やアレルギーなどの原因となることも証明した。その業績で、2012年に日本学士院賞を受賞。2013年に「大阪大学特別教授」の称号を授与された。免疫疾患の治療・予防だけでなく、さまざまな免疫応答を制御することに新しい道を開く研究の最前線の話を聞いた。

制御性T細胞は 何をつたえているのか

免疫反応を「弱める」ということ

免疫というのは、生体防御の大切なメカニズムです。日本細菌学の父、北里柴三郎の血清療法発見以来、医学の分野ではいかにして免疫力をつけるか、作用を強めるかということが課題とされてきました。こうして天然痘は撲滅され、今もHIVワクチン開発が進められています。

これに対して、私の研究は「免疫反応を抑えるにはどうしたらよいか」というものです。関節リウマチなどの膠原病やⅠ型糖尿病は、免疫系が自分自身の細胞や組織を敵とみなし過剰反応して起こる自己免疫疾患です。また、アレルギー疾患は特定の抗原に対する過剰な免疫反応です。現代病として注目される潰瘍性大腸炎も、免疫異常が関係していると考えられています。こうしたことがなぜ起こるのか。免疫反応を抑えコントロールできれば、これらの治療につながります。むろん、臓器移植の拒絶反応などにも応用が広がります。逆に、がん細胞に対しては免疫反応が起きてほしいのにうまく働かないことがあります。免疫の抑制を解除してやれば、がん細胞に対する免疫反応を高めることができます。

一時、論議が雲散霧消したが

かつて免疫抑制の働きについては、サプレッサーT細胞というものが考えられていました。獲得免疫反応をもつある種のT細胞が、頃合いを見計らって免疫反応を終了させるのだという理屈です。1970年代後半には盛んに研究されていましたが、どうも実体が見つからない。それどころか分子生物学的にありえないとわかり、論議は雲散霧消してしまいました。

しかし、何らかの制御するT細胞が存在しないと、どうしても免疫反応を説明することができないのです。何か制御する細胞があるはずです。その信念で、細々と研究を続けていました。

信念の先にあった真実

80年代に私が行っていた実験では、正常なマウスからある種のT細胞のグループ(サブセット)を取り除くと自己免疫病が起こりました。そうであるからには、自己免疫病を起こすT細胞は正常な体にあり、かつ取り除いたグループの中のある細胞が調整作用をしていたと考えられます。この正体こそがレギュラトリー(制御性)T細胞ですが、現象論の域を超え、それを明示するマーカーを見つけなければ存在は証明できません。90年代半ばにCD25分子がマーカーとして特異的だとわかり、制御性T細胞がようやく日の目を見ます。2003年には機能をもつ分子マーカーとしてFoxp3という転写因子も見つけました。世界が一度忘れかけた免疫機能の課題を解決したことで、制御性T細胞に関する研究が一気に開花しました。

各国で臨床試験段階に

実験結果などから、Foxp3遺伝子は制御性T細胞の発生および機能において重要な役割を果たすマスター遺伝子であると考えられます。ヒトについては、IPEX(X染色体連鎖免疫制御異常多発性内分泌障害消化器病)症候群という遺伝疾患があります。この病気では、Foxp3遺伝子に突然変異が生じると、制御性T細胞の発生が阻害され、自己抗原および非自己抗原に対する免疫応答の制御が異常をきたします。こうして立証された制御性T細胞は、現在は多くの分野の人々に注目され、さまざまな研究が進んできています。

臨床試験も、すでに各国で取り組まれています。骨髄移植に際して制御性T細胞を入れ、移植した骨髄中のT細胞が患者を攻撃することで起こる移植片対宿主反応を抑えることができました。従来は、免疫抑制剤によって、すべての免疫反応を弱めていたので、他のウイルス攻撃などにも気を遣っていましたが、その心配がなくなりつつあります。また、子供のⅠ型糖尿病に対して制御性T細胞を体外で増やして戻したり、体内で増やしてやるという試みも進んでいます。阪大病院では、がん治療として制御性T細胞を減らし、その後ワクチン療法を行うというような取り組みがなされています。

免疫自己寛容の仕組みも解明

制御性T細胞は文字通り、免疫の働きを制御しています。自己抗原に反応するようなT細胞は、胸腺で成熟するまでに除外されます。しかし胸腺で発現していない自己抗原を異物とみなして、攻撃するT細胞が残ります。それが活性化したり増殖して、自己抗原を攻撃しないように抑えるのが制御性T細胞です。このような仕組みを免疫自己寛容といいます。

免疫系にどう伝えるか?

そこで制御性T細胞が、このことをどうやって免疫系に伝えているのかということになりますが、現状ではいろいろなメカニズムが提唱されていて混沌としています。そもそも、制御性T細胞は複数の免疫抑制機構をもっており、どのメカニズムが最も重要かというのは医学的価値判断でもあり、生物学的見地と医学的見地は必ずしも一致するものではありません。

これまで刺激を受けたことのないT細胞は、樹状細胞などが異物についての抗原を提示するだけでは活性化しません。もうひとつ、共刺激と呼ばれる別の刺激が必要です。制御性T細胞に発現するCTLA|4が共刺激を抑えるのが、抑制機構のコアになっているとにらんでいます。もちろん、ほかのT細胞からインターロイキンを奪い、その活性をさまたげるという働きもあります。あと2〜3年もすれば、そのどれがコアなのか、あるいはそういうことではないのかといったことがわかるでしょう。


(本記事の内容は、2013年12月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)