究みのStoryZ

先端的な取り組みからコンピュータ社会のこれからをみすえる

サイバーメディアセンター長・教授・中野博隆/サイバーメディアセンター・准教授・清川清

今や「当たり前」の存在となったコンピュータ。 大阪大学サーバーメディアセンターでは、スーパーコンピュータ(スパコン)の管理・運営から、バーチャルリアリティ(VR)研究などに力をいれる。 センター長の中野博隆教授と清川清准教授に、スパコンの可能性と、VR研究の最先端研究について話を聞いた。

先端的な取り組みからコンピュータ社会のこれからをみすえる

流体解析の可視化が強み

─大阪大学所有のスパコンについて教えてください。

本学のスパコンはNEC製のSX─ 9 とSX─ 8r で構成されるベクトル型 計算機で、複雑で密な計算を得意とします。また、今年の秋に新たに導入したスカラー型 のPCクラスタ は、並列計算に強くスパコン並みの 計算能力を持ちます 。 これは 、 本学 の教育用コンピュータ端末575台を集約・連結したものです。この二つのシステムによって、本学では世界のスパコンの潮流である 、 ベクトル型 、 スカラー型どちらの高速科学技術計算のニーズにも対応できるようになりました。

─それぞれの特徴は?

本学で採用しているベクトル型スパコンは、複雑計算の中でも、特に流体解析分野に強く、ビル風の流入方向計算や超音速ジェットエンジン噴射のシミュレーション計算などで、顕著な成果をあげています。また、それら計算結果を可視化できるのも本学の特徴です。数値だけでの結果は難解ですが、目に見える形で一般の方にも成果をイメージしていただくことにも重点をおいています。

新たに導入したスカラー型クラスタは、これだけ大掛かりなものは全国でも先駆的な試みで、学内外から注目されています。将来は、昼間は教育用としてシンクライアント的 に利用しつつ、授業のない夜間は大型計算機として利用するなど、限られた能力を効率良く活用できるだけでなく、省エネにも大きな貢献が期待されます。

研究コミュニティを拡大させるツール

─積極的に学外にも開放していますね。

NPO法人のバイオグリッドセンター関西が創薬ベースでの分子ドッキング シミュレーションを実施するなど 、企業を含め広く活用いただいています。「京 」 を所有する理化学研究所および本学など国内の大学 、 研究所などでつくる HPC I (High Performance Computing Infrastructure)という機構では、国内のスパコンを一定の条件下で、誰でも効率的に利用できる環境を整えつつあります。

大学のスパコン開放は、社会貢献の一面と同時に、研究者のコミュニティを広げることにもつながります。拡大したコミュニティでスパコンを活用することによって新たなシナジー効果を生み、多様な研究分野の発展が推進できます。大阪大学のスパコンは、いずれも使いやすさを重視して設計していますから、積極的に活用してほしいですね。

─スパコンの未来をどのように考えますか。

コンピュータの発展は目覚ましく、約30年前に導入した本学のスパコン初号機よりも、今の家庭用PCの方が高性能なくらいです。無限ともいえる科学者の知的欲求を満たすため、今後も進化への要求は続きますが、現在の技術では物理的な限界が迫っているとも言われます。単に計算速度を競うだけでなく、それぞれのスパコンが強みを生かして、様々な研究を受け入れることが求められているのではないでしょうか。

清川清准教授に聞く —現実とコンピュータ画像の融合から生まれる新たな世界

ユーザに密着したメガネ型ディスプレイの開発

─ VR(バーチャルリアリティ)、AR(オーグメンティドリアリティ:拡張現実)が先生の専門分野と聞きました。

どちらもコンピュータを利用して、実際には存在しない環境を利用者に提供する技術です。VRではコンピュータが作り出すバーチャル空間が現実と隔絶していますが、ARでは現実空間にバーチャル情報が組み合わされて提示されます。コンピュータの存在を意識せずにコンピュータの便利な機能を生かせる技術が進歩し、VRやARも似た方向に進んでいると思います。

私が取り組んでいるのは 、 AR技術を用いた特殊なメガネ型ディスプレイの開発です 。 この機器を装着すると 、 メガネ越しに外界とディスプレイに映った映像が重なって見えます。見え方が シースルーだという点と 、 人間の視野に近い、広い視野を実現する点が画期的だと評価を得ています。メガネ型にこだわるのは、使う人の視野に直接映像を重ねて見せられるので、より人間の感覚にフィットしていると思うからです。

技術者の創り出したものと上手に付き合ってほしい

─VR・AR技術の研究は、使う人の立場を考えることも重要ですね。

そうですね。例えば駅に着いた時、メガネ型のディスプレイに乗るべき電車の時刻が表示されれば便利ですよね。そのためには、コンピュータが「今この人はどこにいて何をみているのか」を判断するとともに「以前、同様の状況でこの人はどんな情報をほしがったか」を推測し、それに基づいて情報を提供するしくみが必要です。コンピュータが使う人の置かれている状況を読み取って情報を提供することを状況認識(コンテキスト・アウェアネス)といい、研究の大切な考え方です。

─便利な機能は、人間本来の能力を低下させる心配はないのでしょうか?

「不便益」という考え方が、最近提唱されています。「不便であるがゆえに、人は覚える、考える、発見するなどの創造的な活動を行う」という考え方です。便利な道具が増える一方で、この概念は大切になるでしょう。

しかし、便利な道具を使うことで余った時間を創造的な活動に利用することもできる。そう考えると、便利であることにはやはり価値があると言えます。

便利な技術を利用するかしないかは、 ユーザが選ぶ 、 あるいは社会で決めてい かなければなりません。その時には「不便益」を見つめなおす時が来るでしょう。

用語解説

*1 ベクトル型:ベクトル型プロセッサと呼ばれるCPUを搭載したコンピュータ

*2 スカラー型:汎用CPUを大規模に接続したコンピュータ

*3 PCクラスタ:複数のPCを接続し、一つの計算能力を有したもの

*4 シンクライアント:ユーザ側端末には必要最小限の処理をさせ、ほとんどの処理をサーバ側に集中させたシステム


(本記事の内容は、2012年12月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)