「触れる」感覚の仕組み解明に向けて大きな一歩

「触れる」感覚の仕組み解明に向けて大きな一歩

ネズミの“ヒゲ”で明らかになる神経機構

2020-1-31生命科学・医学系

研究成果のポイント

・触覚情報を神経活動に変換する際の神経終末受容器の役割分担について明らかにした。
・視覚系や聴覚系にくらべ、触覚情報を神経活動に変換する仕組みについては、実験が困難であったので不明な点が多く残されていた。今回はネズミのヒゲ感覚システムを題材とすることで踏み込んだ実験が可能となった。
・今回得られた研究結果は、触覚の仕組み全般を理解することに貢献することが期待される。また、ネズミはヒゲを動かしながら対象物に触れるということから、アクティブセンシングの分野にも発展する可能性を秘めている。

概要

大阪大学大学院歯学研究科の古田貴寛講師らの研究グループは、米国ノースウェスタン大学のMitraHartmann(ミトラハートマン)博士らの研究グループとの国際共同研究において、ネズミのヒゲ感覚が末梢神経の活動に変換される際、形態学的特徴によって分類される神経終末受容器が、その形態に応じて異なる反応特性を示し、役割分担を行っていることを明らかにしました。

これまで視覚系や聴覚系にくらべ、触覚情報を神経活動に変換する仕組みについては、実験が困難であったので不明な点が多く残されていました。今回、古田講師らのグループはネズミのヒゲ感覚システムを題材とし、末梢神経に適用することが困難と考えられていた実験手法を実現することによって、踏み込んだ実験が可能となり、触覚情報を神経活動に変換する際の神経終末受容器の役割分担について明らかにしました。今回得られた研究結果は、触覚の仕組み全般を理解することに貢献することが期待されます。また、ネズミはヒゲを動かしながら対象物に触れるということから、アクティブセンシングの分野にも発展する可能性があります。

本研究成果は、米国科学誌「Current Biology」に、1月31日(金)3時(日本時間)にWeb上で公開されました。

研究の背景と研究方法

触れたものがどのような固さなのか、形なのか、その質感はどのようなものであるか。触覚の「情報」は皮膚から末梢神経を伝わって、中枢神経(脳)に運ばれ、そこで再構築されます。脳で感覚情報をどのように再構築しているのか?という疑問は神経科学の分野における主要な課題です。何かの暗号を解くにはその暗号を作り出した方法を知る必要があるのと同じように、脳で触覚情報が再構築される仕組みを理解するためには、末梢で接触が神経活動に変換される仕組みを知ることが役に立つのではないかと考えました。

皮膚への接触という機械的入力を中枢に伝える際、歯車や紐で連絡するわけにもいかず、末梢神経の非常に長い突起における電気的活動によってその情報を運びます。肌に何かが触れるということと、末梢神経が活動するということとは、全く違う現象ですので、皮膚における機械的な接触に含まれる情報を、何らかの方法で神経活動に変換していることになります。

しかし、触覚情報が皮膚で変換される仕組みについては、まだ不明な点が多く残っています。視覚情報が眼球内の網膜で、聴覚情報が耳の奥の蝸牛で、それぞれ神経活動に変換される仕組みが良くわかっていることに比べ、触覚の研究は遅れているとも言えます。それは、触覚の末梢神経が非常に長いので組織を単離した実験が困難であることや、実験的に触覚刺激をコントロールすることが難しいことなどに原因があります。

今回、我々はネズミのヒゲ感覚の神経システムを題材として、触覚の情報変換メカニズムを研究しました。ネズミのヒゲは非常に優れた触覚センサーであり、ネズミはヒゲで周囲のものに触れることにより、真っ暗闇の中でも障害物を避けたり、進路を定めたりすることができます。ヒゲの根元(毛包)には、機械的な入力を神経活動に変換する末梢神経の終末受容器が整然と配置されており、これらは皮膚のそれらと非常に似たもの(相同のもの)です。それら神経終末受容器は、形態学的特徴によってタイプ分けされています。我々の研究では、ヒゲの感覚を運ぶ末梢神経の一本から活動記録をしながらヒゲを押す実験を複数回行い、末梢神経一本ずつの反応特性を調べました。さらに、その記録された神経の形態を可視化する実験を行い、その反応特性と形態学的特徴との関係性を明らかにしました。

図1

研究結果

今回注目した四種類の終末受容器のうち、毛包の中ほどに位置するメルケル終末というタイプだけがヒゲを押している間持続的に活動し、他のタイプは押しはじめと離した瞬間だけ活動するということがわかりました。記録された神経ごとに、強い反応を引き起こす刺激の方向と、受容器が配置されている位置との関係を調べたところ、メルケル終末は受容器が存在する方向にヒゲが押された時に強く反応することがわかりました。この結果を説明する理論的モデルをHartmann博士らが構築し、シミュレーションを行ったところ、ヒゲの根元に伝わった力のうち「倒す方向」の力はメルケル終末に影響し、押し込む力はその他のタイプに影響を与えることが示唆されました。さらに、三次元電子顕微鏡技術を用いた解析も行ったところ、こうした受容器タイプ間の特性の違いについて裏付けするデータが得られました。

研究成果の意義と今後の展望

本研究結果は、遅れていた触覚情報の変換メカニズム解明に向けて先鞭をつけたという点で、非常に重要なものであります。また、シンプルな研究題材を採用して精密な実験と理論的モデルの検証とを組み合わせる、という研究戦略が有効であることを示したことも特筆に値します。今後は、ここで得られた知見を、触覚全般に当てはめていけるような研究を展開する必要があると考えています。また、ネズミのヒゲは運動を伴って対象物に接触するので、ヒゲの運動も合わせて解析することが重要であり、これは感覚と運動の統合を行うという高次元な脳機能の研究にも繋がります。さらには、積極的な運動によって感覚受容を行うというこの題材は、アクティブセンシングの分野にも発展する可能性を持っており、感覚取得のための効率の良い運動パターンはどのようなものか、それに組み合わされる情報変換機構はどのようなものかといった疑問に迫ることができると期待しています。

研究者のコメント

本研究のコアとなった手法は「軸索内記録」というもので、以前から活用されていたものです。しかし、末梢神経に適用することは非常に困難であるという定説があり、ほとんどの研究者は諦めてきました。我々は、その技術の諸条件を最適化し、磨き上げることで目的を達成しました。

特記事項

本研究成果は、2020年1月31日(金)午前3時(日本時間)に米国科学誌「Current Biology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“The Cellular and Mechanical Basis for Response Characteristics of Identified Primary Afferents in the Rat Vibrissal System”
著者名:Takahiro Furuta,* Nicholas E. Bush, Anne En-Tzu Yang, Satomi Ebara, Naoyuki Miyazaki,Kazuyoshi Murata, Daichi Hirai, Ken-ichi Shibata, Mitra J.Z. Hartmann

なお、本研究は、JSPS科研費(23135519,24500409,15H04266)、Collaborative Study Program of NIPS,及びNIH(R01-NS093585)の支援を受けて実施されました。

参考URL

大阪大学 大学院歯学研究科
https://www.dent.osaka-u.ac.jp/index.html