非古典的HLA遺伝子の関節リウマチ発症への関与が明らかに

非古典的HLA遺伝子の関節リウマチ発症への関与が明らかに

HLA imputation法によりHLA-DOA遺伝子の発症リスクを同定

2016-8-5

概要

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター自己免疫疾患研究チームの山本一彦チームリーダー、統計解析研究チームの岡田随象客員研究(大阪大学大学院医学系研究科教授)らの国際共同研究グループ は、非古典的HLA遺伝子 の一つである「HLA-DOA」が、関節の炎症と破壊をもたらす自己免疫疾患 の関節リウマチの発症に関わることを明らかにしました。

関節リウマチの発症には個人の遺伝的背景が関与し、大規模ゲノム解析を通じてこれまでに多数の疾患感受性遺伝子 が報告されています。特に、白血球の血液型を決定するHLA遺伝子が高い発症リスクを持つことが知られていましたが、複数種のHLA遺伝子が存在することや、HLA 遺伝子配列の構造が複雑なため、具体的にどのHLA遺伝子が関節リウマチの発症に関わるのかについては、解明が進んでいませんでした。

今回、国際共同研究グループはHLA遺伝子配列をスーパーコンピュータ上で網羅的に解析するHLA imputation法 を用いたビッグデータ解析を、日本人集団・アジア人集団・欧米人集団約6万人に対して実施しました。その結果HLA-DOA遺伝子が関節リウマチの発症に関与すること、関節リウマチの発症リスクを高める遺伝子配列がHLA-DOA遺伝子の発現量を低下させていることが分かりました。また、HLA-DOA遺伝子型における関節リウマチの発症リスクを人種間で比較したところ、日本人集団で最も高いリスクが観測されました。

これまでの疾患ゲノム研究においては、HLA遺伝子の中で主要な古典的HLA遺伝子の解析が中心であり、非古典的HLA 遺伝子については解明が進んでいませんでした。今回、非古典的HLA遺伝子に属するHLA-DOAの関節リウマチ発症への関与が明らかになったことにより、今後、非古典的HLA遺伝子の役割の理解が進むと考えられます。また、個人の遺伝的背景に基づく医療の提供(オーダーメイド医療 )の実現や新たな疾患治療薬の開発につながると期待できます。

本研究は、文部科学省および日本医療研究開発機構が推進するオーダーメイド医療の実現プログラムの支援のもと行われました。本成果は、米国の科学雑誌『American Journal of Human Genetics』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(8月4日付け:日本時間8月5日)に掲載されました。

研究の背景

自己免疫疾患の一つである関節リウマチは、関節の炎症と破壊を生じる疾患で、国内に約70~80万人の患者がいると推定されています 注1 。関節リウマチの発症には遺伝的要因が関わっていることが知られており、これまで国内外で数多く実施された大規模ゲノム解析により、関節リウマチの発症に関与する多数の疾患感受性遺伝子が同定されています。特に、白血球の血液型を決定するHLA遺伝子が高い発症リスクを持つことが知られていました。

しかし、複数種のHLA遺伝子が存在する、HLA遺伝子配列の構造が複雑なため配列の個人差が数多く存在する、HLA遺伝子配列を実験的に決定するのは高額である、といった事情により、具体的にどのHLA遺伝子が関節リウマチの発症に関わるのかについては解明が進んでいませんでした。

注1 平成23年厚生科学審議会「リウマチ・アレルギー対策委員会報告書」より。
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001nfao-att/2r9852000001nfdx.pdf

研究手法と成果

国際共同研究グループは、HLA遺伝子配列をスーパーコンピュータ上で網羅的に解析するHLAimputation法を活用することにより、日本人集団・アジア人集団・欧米人集団から集められた約6万人分の関節リウマチのゲノムデータに対するビッグデータ解析を実施しました。

個々のHLA遺伝子における関節リウマチの発症リスクを網羅的に検討した結果、これまでに報告されていたHLA-DRB1、HLA-DPB1、HLA-Bといった古典的HLA遺伝子に加えて、非古典的HLA遺伝子の一つであるHLA-DOA遺伝子が、独立に関節リウマチの発症に関与することが明らかになりました。さらに、HLA-DOA遺伝子におけるリスク遺伝子配列の機能を評価した結果、関節リウマチの発症リスクを高める遺伝子配列がHLA-DOA遺伝子の発現量を低下させていることも判明しました。

これまでのHLA遺伝子リスク解析では、主に古典的HLA遺伝子により作られるタンパク質のアミノ酸配列の変化が疾患発症をもたらすことが報告されていました。本研究により、非古典的HLA遺伝子の発現量の変化が疾患発症を生じるという、新たなメカニズムが解明されました (図1) 。

図1 HLA遺伝子と関節リウマチ発症の関わり
今回の研究により、HLA-DRB1、HLA-DPB1、HLA-B遺伝子といった古典的HLA遺伝子により作られるタンパク質のアミノ酸配列の変化に加えて、非古典的HLA遺伝子の一つであるHLA-DOA遺伝子の発現量の変化によっても、関節リウマチの発症が引き起こされることが明らかになった。

また、HLA-DOA遺伝子型における関節リウマチ発症リスクを人種間で比較したところ、日本人集団で最も強いリスクが観測されました。そこで、関節リウマチの非常に高い発症リスクを持つ古典的HLA遺伝子のHLA-DRB1遺伝子型と非古典的HLA遺伝子のHLA-DOA遺伝子型の集団中の分布のつながりを人種間で比較しました。すると、日本人集団では両遺伝子型のつながりが相対的に弱いことが分かりました。そのため、HLA-DRB1遺伝子型のリスクで補正した後に、日本人集団ではHLA-DOA遺伝子型の独立な発症リスクが観測されやすいと考えられます (図2) 。

図2 HLA-DRB1遺伝子型とHLA-DOA遺伝子型のつながり
欧米人集団においては、関節リウマチの非常に高い発症リスクを持つHLA-DRB1遺伝子型と、HLA-DOA遺伝子型の集団中における分布のつながりが強いため、HLA-DRB1遺伝子型のリスクで補正した後に、HLA-DOA遺伝子型の独立なリスクが観測されにくい。一方、日本人集団においては両遺伝子型の間のつながりが弱いため、HLA-DOA遺伝子型の独立なリスクが観測されやすいと考えられる。

今後の期待

HLA imputation法の導入により、疾患発症に関わるバイオマーカーとしてのHLA遺伝子型が数多く同定されてきましたが、これまでの研究においては、古典的HLA遺伝子のアミノ酸配列の変化が主に報告されていました。今回、非古典的HLA遺伝子に属するHLA-DOAの関節リウマチ発症への関与が明らかになったことにより、今後、非古典的HLA遺伝子の役割の理解が進むと考えられます。また、個人の遺伝的背景に基づく医療の提供(オーダーメイド医療)の実現や新たな疾患治療薬の開発につながると期待できます。

国際共同研究グループ

・理化学研究所 統合生命医科学研究センター
副センター長 久保充明(くぼみちあき)
自己免疫疾患研究チーム
チームリーダー 山本一彦(やまもとかずひこ)
副チームリーダー 鈴木亜香里(すずきあかり)
副チームリーダー 高地雄太(こうちゆうた)
統計解析研究チーム
チームリーダー 鎌谷洋一郎(かまたによういちろう)
客員研究員 高橋篤(たかはしあつし)
客員研究員 岡田随象(おかだゆきのり)
(大阪大学大学院医学系研究科遺伝統計学教授)
リサーチアソシアエイト 秋山雅人(あきやままさと)
研修生 金井仁弘(かないまさひろ)
基盤技術開発研究チーム
チームリーダー 桃沢幸秀(ももざわゆきひで)
テクニカルスタッフ 芦川享大(あしかわきょうた)
・東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター
所長 山中寿(やまなかひさし)
教授 谷口敦夫(たにぐちあつお)
教授 桃原茂樹(ももはらしげき)
准教授 猪狩勝則(いかりかつのり)
・京都大学附属ゲノム医学センター
教授 松田文彦(まつだふみひこ)
教授 山田亮(やまだりょう)
特定講師 日笠幸一郎(ひがさこういちろう)
特定助教 寺尾知可史(てらおちかし)
・京都大学大学院医学研究科内科学講座臨床免疫学
教授 三森常世(みもりつねよ)
准教授 大村浩一郎(おおむらこういちろう)
・東京大学大学院新領域創成科学研究科クリニカルシークエンス分野
教授 松田浩一(まつだこういち)
・東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科疾患多様性遺伝学分野
研究生 吹田直政(すいたなおまさ)
大学院生 平田潤(ひらたじゅん)
・シンガポール国立大学(シンガポール)
教授 イクインテオ(Yik-Ying Teo)
・上海長征医院(中国)
教授 フージーシュ(Huji Xu)

論文情報

<タイトル>
Contribution of a non-classical HLA gene, HLA-DOA, to the risk of rheumatoid arthritis

<著者名>
Yukinori Okada,Akari Suzuki, Katsunori Ikari, Chikashi Terao, Yuta Kochi, Koichiro Ohmura, Koichiro Higasa, Masato Akiyama, Kyota Ashikawa, Masahiro Kanai, Jun Hirata, Naomasa Suita, Yik-Ying Teo, Huji Xu, Sang-CheolBae, Atsushi Takahashi, Yukihide Momozawa, Koichi Matsuda, Shigeki Momohara, Atsuo Taniguchi, Ryo Yamada, Tsuneyo Mimori, Michiaki Kubo, Matthew A. Brown, Soumya Raychaudhuri, Fumihiko Matsuda, Hisashi Yamanaka, Yoichiro Kamatani, and Kazuhiko Yamamoto.

<雑誌>
American Journal of Human Genetics

参考URL

大阪大学大学院医学系研究科遺伝統計学研究室HP
http://www.sg.med.osaka-u.ac.jp/index.html

用語説明

自己免疫疾患

本来、細菌やウイルスなどの外来性の病原体を体内から排除するために機能している免疫システムが、誤って自分の体に対しても反応してしまうために生じる疾患の総称。

HLA遺伝子

ヒト白血球型抗原(Human Leukocyte Antigen; HLA)遺伝子の略称。膨大な種類がある白血球の血液型を決定する遺伝子群であり、古典的HLA遺伝子(HLA-A、HLA-B、HLA-C、HLA-DRB1、HLA-DQA1、HLA-DQB1、HLA-DPA1、HLA-DPB1)と非古典的HLA遺伝子(HLA-E、HLA-F、HLA-G、HLA-DMA、HLA-DMB、HLA-DOA、HLA-DOB)に区別される。HLA遺伝子は免疫応答反応をつかさどり、多くの疾患に対する発症リスクが知られている。外来性の病原体の認識に関わることが知られている古典的HLA遺伝子と比較して、非古典的HLA遺伝子の生体内での機能や疾患発症への関与は研究が遅れていた。

疾患感受性遺伝子

疾患の発症に関わる遺伝子。遺伝子変異によって、疾患が発症しやすくなったり、逆に発症しにくくなったりする。

HLA imputation

HLA遺伝子配列の個人差をスーパーコンピュータ上で高精度に予測する遺伝統計解析手法。対象人種集団におけるHLA遺伝子配列や近傍の遺伝子配列個人差のゲノムデータを学習用の参照データとしてあらかじめ決定しておき、解析対象となるゲノムデータにおけるHLA遺伝子配列を参照データに基づき統計学的に予測する。理研を中心とする共同研究グループにより、2015年に日本人集団に対しても実装された 注2 。 注2 2015年6月2日プレスリリース「バセドウ病の発症を予測するバイオマーカーを同定」 http://www.riken.jp/pr/press/2015/20150602_1/

オーダーメイド医療

テーラーメード医療、個別化医療ともいう。個人の遺伝情報に基づいて行われる医療のこと。疾患のタイプや、治療薬の効果、副作用の有無などを事前に見積もり、個々人に合わせた適切な医療を行うことを目標とする。