血中の老化促進分子の同定に成功

血中の老化促進分子の同定に成功

老化に伴って発症する疾患の予防につながる

2012-6-9

<リリース概要>

大阪大学大学院医学系研究科内科学講座(循環器内科学)小室一成教授らは、血中から老化を促進する分子を発見しました。老化は、様々な疾患の原因になることから、本研究成果によって老化に伴って発症する多くの疾患の予防・治療につながることが期待されます。

<研究の背景>

スタンフォード大学のグループは、2005年に高齢マウスの血中には老化を促進する分子が存在すること、さらに2007年に同グループは、その分子は、細胞内においてwnt/β-cateninシグナル を活性化することを発表しました。wnt/β-cateninシグナルは、個体や各臓器の発生、幹細胞の機能維持など生理学的に重要な役割を果たすばかりでなく、シグナルの過剰、過小により、がん、骨粗しょう症、心不全など、種々の疾患の発症に関与することが報告されています。通常wnt/β-cateninシグナルを活性化するWntタンパク質は疎水性であるため、血中に存在する可能性は低いと考えられます。

そこで小室教授らのグループは、血中に存在しwnt/β-cateninシグナルを活性化する新規分子の同定を試みました。wnt受容体に結合し、wnt/β-cateninシグナルを活性化する血中の分子は、免疫反応に重要な役割を担う補体 の一つであるC1qでした。C1qは、高齢マウス、心不全マウスの血中に増加しており、C1r,sと共同して、wnt/β-cateninシグナルを活性化しました。骨格筋は、老化すると再生能が低下し、線維化がおこりますが、C1qにより、若齢マウスの骨格筋の再生能は低下し繊維が増加し、逆にC1qの抑制により、高齢マウスの再生能は改善しました。

<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)>

年をとると、老化が進み、がん、心不全、動脈硬化、糖尿病、腎臓病、呼吸器疾患など種々の疾患を発症することは広く知られていますが、その分子機序は、不明な点が多いのです。今回の研究は、老化による疾患の発症に、それまで免疫に関与すると考えられていた補体C1qが関与していることを初めて明らかにしました。我々はすでにC1qによるwnt/β-cateninシグナルの活性化が、心不全や動脈硬化に関与している予備的結果を得ています。C1qによるwnt/β-cateninシグナルの活性化を抑制することにより、老化に伴って発症する多くの疾患を予防することができる可能性を示しました。

<特記事項>

本研究は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(S))、科学技術振興機構CRESTのサポートにより、大阪大学が中心となり、千葉大学、北海道大学、英国インペリアル・カレッジ・ロンドン、米国ボストン大学との共同で行いました。

<参考図>

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図1:今まで知られていた補体の作用は、C1q,C1r,C1sからなる多量体が、細菌と反応した抗体に結合し、補体のカスケードを活性化し、最終的には細菌を殺すといった自然免疫に関するものでした(左図)。一方今回我々が明らかにした新しい補体の作用は、C1q,C1r,C1sの多量体がwntの受容体に結合し、細胞内にwnt/β-cateninシグナルを活性化し、老化を起こすというものです(右図)。

<参考URL>

用語説明

wnt/β-cateninシグナル

wntタンパク質が受容体であるFrizzled,LRP5/6に結合すると、細胞質のβ-cateninが安定化し、増加する結果、核内に入り、種々の遺伝子の発現を調節します。発生時の臓器の形成、幹細胞機能の維持に働くばかりでなく、過剰に活性化されると癌化し、逆に機能が低下すると骨粗しょう症になります。その他、心不全、腎臓病、肝臓病、呼吸器疾患など多くの疾患の発症にも関与する可能性が報告されています。

補体

補体は自然免疫系のタンパク質分子であり、抗体が体内に侵入してきた細菌などの微生物に結合すると、活性化され、細菌の細胞膜を壊すなどして生体防御に働きます。補体の成分にはC1~C9があり、C1にはさらにC1q、C1r、C1sの3つのサブタイプがあります。これらのタンパク質群が連鎖的に活性化して免疫反応の一翼を担います。